第56話
画展の結果が発表されるのは、およそ一か月後。その間は心がどこかふわふわとしていて、足が地についていないようだった。健は画展の結果発表を見届けたら、警察に自首をするという。
もうすぐ、この奇妙な同居生活が終わるのだ。
健を拾ったのは年末。真冬の頃。季節は廻り、春を迎えていた。
大学キャンパスには新入生が溢れ、サークル活動の勧誘に勤しむ学生たちで道が混雑するほどだった。一年のうちに、一番賑やかなこの時期に珠子の心は妙にざわついていた。
最終学年に無事進級し、これからは就職活動と共に卒業制作に追われる日々が待っている。
「…。」
珠子は満開に咲く桜を見上げていた。日差しは温かく、心地よく肌を撫でる風は穏やかだ。
これは失恋の部類に入るのだろうか。
そもそも、健に対する想いは恋心なのか。
ただ、健が笑えば嬉しくて、名前を呼ばれるとくすぐったく感じる。そして繰り返し、彼と共に生きる夢を見ては泣きながら起きるのだ。
健は珠子の家を出る準備を始めた。
着なくなった冬服を処分し、増えた小物を段ボールにまとめてすぐに捨てられるように分別する。そして自分の香りすら残さぬように、寝ていた部屋に消臭剤を置く。
珠子もその様子を見て、別れを感じ取っているのだろう。時々、寂しそうな目色を滲ませていた。それを気付かないふりをして、健は日々を過ごしていた。
そして訪れた画展、結果発表の日。最新の情報はホームページにて、更新されるという。
「受賞者には電話が来るらしいんだけど、それはなかったから…。選外なのはわかってるんだ。」
珠子は苦笑しながら、それでも、と言葉を紡ぐ。
「ここまで頑張ってきたから、結果発表は楽しみ。」
「僕も、たまちゃんが描いた僕に会うのが楽しみだよ。」
応募された作品は全部、展覧会に飾られるという。その展覧会の帰り道に、警察に行く、と珠子には話していた。
そして、10時の発表を前にした9時59分。
珠子と健は、彼女のノートパソコンの前に正座して待っていた。
「ドキドキするね。」
珠子はマウスに手を置く。
…………5、
………4、
……3、
…2、
1。
時計の針がぴったり10時を指した。カチ、と小気味よい音が立ち、ノートパソコンの画面が更新される。
「…これは、」
大賞を送られた絵画の次、準大賞の欄に健がいた。
上気したような青い肌に血管が浮かび、乾燥して少しざらついている様子までもが感じ取れるほどの描き込み。涙に濡れる瞳は赤く、その眼球には景色や光が浮かんでいる。髪の毛の一本、一本の描写。手の爪の欠け。口元は柔らかく歪んでいるのに、微笑んでいるようにも見える。
一目見た瞬間に自分だと、これは珠子が見ている健だということに気が付いた。
題名は、「健やかなる病」
「たまちゃん、これ…!」
「…。」
「準大賞だよ、」
「…どうして。」
作者の名前は、
木原宗次郎




