第53話
二人でお弁当をつついていると、作業場にそこはかとない緊張が走った。教員の木原が巡回に訪れたのだ。
木原は学生たちの作品を見て回るが、とくに指導するわけでもなく時に鼻で笑い、時に大げさな溜め息を吐いた。その様子はどうも人を馬鹿にしているように感じられる。心が折れて、涙目になる女子学生がいるとさらに舌打ちを返した。
「…。」
珠子はなるべく気配を消すように声を潜めるが、それも呆気なく見つかってしまう。
「君は、どこの科の人間だ?」
健をじろじろと眺めながら、唐突に問う。
「すみません。僕は、桜井さんの知人であってこの大学に所属してないんです。」
健の答えに、木原は次に珠子を見て蔑む。
「色覚異常なんだから部外者を連れ込んで遊ばずに、勉学に励んだ方がいいんじゃないか。」
「…はい。」
「全く…。真昼間から社会に出ず、大人気なく大学に入り浸る君も常識がないね。」
「…。」
「健。」
珠子は健の怒気を察して、諫めた。
「何か、言いたいことでもあるのか?それとも事実を言われて、ぐうの音も出ないか。…くだらない人間には、くだらない人間が集まるようだ。所謂、類は友を呼ぶってやつか。」
まるで汚いものを見るかのような視線で二人を見て、そう吐き捨てると木原はやっと興味が逸れたのかこの場を後にした。
「…ごめんね。たまちゃん。」
「どうして、健が謝るのさ。」
「軽率だったなーって、思って。」
健は帰り支度を始めようとするので、珠子はその手を止めた。
「一緒に帰ろうよ。チョコ…、」
「ううん。僕は少し、浮かれていたようだから。反省を込めて、頭を冷やしながら帰るよ。」
「…。」
「じゃあね、たまちゃん。」
二人にとって最初で最後のバレンタインデーは、苦い思い出になった。
それからというものの、健は珠子が通う大学へ行くことは無くなった。珠子に窮屈な思いをさせぬためだと健は言い、珠子はその度に木原を呪った。
「別にいいのに…。」
そう言って唇を尖らせる珠子の頭を撫でながら、健は困ったように笑う。
「まあまあ。諍いはね、少ない方がいいんだよ。」




