第49話
「珠子ってさ、宮野さんにチョコレートあげないの?」
大学のカフェテリア、友人たち
といる中でさやかが唐突に訊ねた。
「…。」
一瞬の静寂の末、皆の視線が珠子に集まる。
「え、何?珠子の好きな人?」
「いつの間に春が来たの。」
「先を越されたかー!」
もうじき、バレンタインデーを迎える日のことだった。
「え?いや、とくにその予定は…。」
ない、と言っても、盛り上がる友人たちの熱量に押される。そして話題は案の定、宮野とは誰か、ということになった。
「えー。誰?先輩?後輩にいたっけ、宮野って人。」
「他学科の人?」
「宮野さんはねー、」
口軽く暴露しようとする、さやかの口を珠子は塞ぐ。一緒に住んでるといえば、面倒くさいことになりそうだと察したからだ。
「さやか、ステイ。」
珠子の笑顔ではあるが怒りのオーラをを発するその様子に、さやかは自らが口を滑らせたことを知った。
「…わん。」
目を泳がせながら従順になるさやかを傍目に、友人たちは盛り上がっている。こうなればある程度、情報を提供せねばこの場は治まらないだろう。
「宮野…さんは、今、モデルを頼んでる人なの。」
「モデルさんかー。じゃあ、知らんなあ。」
「イケメン?」
「芸能人で言うと、誰似?」
大学生とはいえ、恋の話には敏感にならざるを得ないようだった。
「特別イケメンではないけど、味のある顔立ちかな。あえて言うなら、塩系?」
「へえ。ねえ、写真はないの?」
そう言われて、珠子は健と写真を撮ったことがないことに気が付く。
「ないでーす。」
健は警察云々より、自分の名残をこの世に残したがらない。誰の記憶にも残りたくないと以前、話していたことを思い出した。少し、寂しい。
「え、じゃあさー、」
「あの、すみません。」
珠子たちグループが座るテーブルの横に、一人の男子が立つ。何故か緊張しているようだった。
「何ー?どうしたの?」
対応する友人を飛び越えて、彼が真っ直ぐに珠子を見る。
「たまちゃん…、桜井さんに話したいことがあって。今、良いかな。」
「え、」
珠子は困惑するが、盛り上がる友人たちによって送り出されてしまう。
「行っといで、珠子!」
「報告よろー。」
健から話題がそれたことは喜ばしいが、展開の速さについていけない。珠子は見送られながら、居たたまれなさをそこはかとなく感じていた。
珠子と男子は、無人の教室に入る。誰にも聞かれたくない話なのだろうかと、推測していると男子は振り返って珠子と向き合った。
「あの、いきなりごめんなさい。俺、彫刻科の喜多野と言います。今、一年生です。」
「はい…。えーと、どういった用ですか?」
喜多野は深呼吸を一度すると意を決したように、言葉を紡ぐ。
「桜井さんに、一目惚れをしました。俺と付き合ってください。」
喜多野は、健が大学に訪れたときに珠子の居場所を聞いた彫刻学科の中にいた一人だという。その時に珠子を見て、一瞬で目を奪われたらしい。
「胡散臭くてすみません。でも、本当なんです。」
「いや…、疑ってはいないんだけど。私、そんな大した人物じゃないよ?」
珠子の言葉に、喜多野は大きく音がするように首を横に振った。
「いや、光って、見えます!」
気が付いたら学内で見かけるたびに、目で追っていた。見かけると嬉しくて、その日一日が心弾むようだとまで喜多野は言う。
「返事は今すぐじゃなくていいです。ただ…、」
「ただ?」
「OKだったら、バレンタインにチョコをもらえないかなって…。」
照れくさそうに頭をかきながら、喜多野は珠子に告白を終えたのだった。




