64厄介ごと
「ええと、確かに相沢の出産予定日が近いことは知っていましたが、亡くなったとは」
「文字通りの意味よ。実乃梨さんと違って、永遠はもう、あなたが言う《《ただの人間》》なの。子供を産むのは命懸けだって、知っているでしょう?」
「でも、それは」
実乃梨は突然の訃報に頭が混乱していた。確かに実乃梨は相沢に対して《《ただの人間》》に成り下がったと内心、バカにしていた。しかし、バカにしていたとはいえ、そんな簡単にこの世からいなくなるとは思っていなかった。
「相沢の近況を知りたいかなと思って、わざわざ電話してあげたのよ。まあ、どちらかというと、セイ君の紹介を実乃梨さんにしたかったのが本音だけど」
「永徳は、私のもとに来ると思いますか?」
「その男って、いったいだれのこと?もしかして、実乃梨さんの元カレとか?」
「だから、電話の邪魔をしないの!」
セイと呼ばれる男が会話に割り込んできた。和音に注意されていたのに、懲りない男だ。ぼんやりとそんなことを考えながらも、頭の中は、自分の元護衛のことでいっぱいである。
「実乃梨さんの元護衛のことよ。いくら何でも、あの男が実乃梨のもとに来ることはないと思うわよ。私の居場所は永遠には教えていないし、連絡する時も、使い捨ての携帯を使っているし」
相沢が亡くなったことは驚きだが、悲しみはなかった。実乃梨を裏切って勝手に不老不死から解放されようとしていたのだから、当然のことかもしれない。悲しみはないが、彼女の死は、実乃梨に一つの厄介ごとを引き寄せようとしている。
「そんなに心配しなくてもいいわよ。実乃梨さん?」
『実乃梨さんとの縁が切れることはありません』
別れ際に言われた言葉を思い出す。退職日当日の永徳の表情からは、実乃梨のことをあきらめきれているとは思えなかった。それが一年弱ですっぱりとあきらめられるだろうか。
「実乃梨さん、私が送った手紙は読んでくれたかしら?手紙の最後に書いたのだけど、私たち、実は」
「少し、考えたいことができました。いったん、電話を切ります。明日の夕方六時過ぎにまた電話してください」
和音が実乃梨に手紙の件で言いたいことがありそうだったが、実乃梨は強制的に電話を切ってしまう。
「さて、対策をしなくちゃ」
実乃梨は急いで、ネットである場所の電話番号を調べた。そして、その番号をスマホに入力し、通話ボタンをタップする。
「あの、少し相談したいことがあるのですが、実は……」
彼女がいつごろ亡くなったのか聞くのを忘れてしまったが、うかうかしてはいられない。実乃梨は事前に対策を講じることにした。
「ハイ。奥入瀬商社でございます」
それから一週間ほどは平穏な日々が続いていた。和音から電話がかかってきた翌日も、実乃梨はいつも通りに出社していた。ただし、永徳から自分の身を守るために警察を頼っていた。
「栄枝さんですか。永徳です。お久しぶりです」
「弊社にそのような商品は扱っておりません。申し訳ありませ」
「永遠が亡くなったことは、《《彼女》》から聞いていると思いますけど」
勤務中に電話に出るのは、事務員の仕事の一つである。午前中の昼休憩直前にかかってきた電話を実乃梨は反射的に取ってしまう。
しかし、電話の相手がだれかわかると、危うく、受話器を手から落としそうになった。警察にストーカー被害を訴えてから一週間、警察の方には申し訳ないと思いつつも、身の回りの警護をしてもらっていた。それが役に立つ日が来るとは。




