65恐れていたこと
「あ、あの、すいません、古屋敷さん。で、電話を替わってもらってもいいですか?」
「どうしたの?顔が真っ青だけど、また、迷惑電話でもかかってきたの?」
「ま、まあそんなところです」
とりあえず、冷静に考える時間を取るため、電話を保留にする。電話のディスプレイを見ると、非通知となっている。携帯からかけているとは思うが、永徳の居場所はわからない。会社の番号を知っているということは、実乃梨の居場所もばれている可能性が高い。
「折り返しの電話番号を聞けばいいのかしら?」
古屋敷と呼ばれた社員は、実乃梨の新人教育をしてくれた五十代の女性だった。三十代にしか見えない実乃梨を自分の娘のように思っているのか、仕事を優しく教えてくれる。そんな彼女に、和音や永徳の電話の相手をさせるのは心苦しかったが、自分がまた電話に出ることは避けたかった。
「お願いします」
仕方ないわね、と言いながらも、古屋敷は保留にした電話に出て、丁寧な口調で永徳の対応を行う。
「では、失礼いたします」
永徳なら、実乃梨に電話を替わってくれとか言いそうだと思ったが、あっさりと古屋敷は電話を終えて、受話器を置いた。
「栄枝さんの元カレです、と言われたけど、どういうこと?」
「私のストーカーです。しかも相当質の悪い」
「そう、お昼にその話を聞かせてくれるかしら?」
古屋敷さんには面倒な電話の相手をしてもらった借りがある。仕方なく、怪しまれない程度に、実乃梨は永徳について話すことにした。
昼休憩に、実乃梨が古屋敷に電話の件について事情を話すと、深いため息を吐かれた。
「変な男に好かれてしまったのね。一週間くらい前にも、別の社員の方が栄枝さん宛に不審な電話がかかってきたと聞いたけど、それと今回の電話は関係あるの?対策はしている?」
「ああ、先週の電話ですね……。あれは、古屋敷さんがちょうどお休みの日で、別の方に対応してもらいました。今日の電話と関係は、ありますね。前回と今回の電話の相手は違いますけど」
「心配事や悩みがあるのなら、話だけでもきくわ。他人に話すと気が楽になるというでしょう?話してもらえれば、私も栄枝さんの力になれるかもしれないし」
「ありがとうございます。今日の電話の男については、近々、うちまで来ると思ったので、警察には相談しています」
「そう、警察が動いてくれるのなら、少しは安心ね」
まるで自分の娘のように心配してくれる古屋敷に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。彼女は実乃梨のことを自分の娘くらいの年齢だと思い込んでいる。しかし、実際は古屋敷の二倍以上の年月を生きている。彼女に心配される年齢でもない。それでも、他人から心配されることがうれしくて、不老不死のことは話していなかった。実乃梨は彼女との時間を心地よいと感じていた。この大切な時間を長引かせるために、永徳にはさっさと実乃梨の目の前からいなくなってもらわなくては。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
定時に仕事を終えて、実乃梨が会社を出ると、一台の車が会社の前に停車した。まるで、実乃梨の送迎をしますと言わんばかりの停車のタイミングだった。
「先日、ストーカーの被害届を出していた栄枝と申します。ええ、今、会社の前に不審な車、が」
停車した車から男が出てくる前に、実乃梨は急いで会社に引き返す。その間にポケットに入れていたスマホを取り出し、110番通報する。定時を過ぎた社内にはまだ数人の社員が残っていて、他人がいる空間にたどりつき、ほっと一息つく。
「部外者は立ち入り禁止ですけど」
「栄枝実乃梨さんの婚約者です。定時で上がると聞いて、迎えに上がったのですが」
「栄枝、ですか?確認してまいりますので、少々お待ち」
「キャー」
実乃梨が新しく勤めだした会社は前勤めていた会社よりも規模の大きな会社だった。受付があり、そこから社員証を機械に通して社内に入ることになっていた。部外者の人間は受付ではじかれる仕組みとなっていた。
「あ、あの、お客様」
「実乃梨さんを出してください。今すぐに出さないと……」
受付け付近が急に騒がしくなった。女性社員の悲鳴が車内に響き渡った。




