18心配してくれる人
実乃梨に護衛が付いた。永徳は会社の中にまで来ることはなかったが、実乃梨が朝、家を出るとドアの外に永徳の姿があり、永徳と一緒に出社する。駐車場で別れた実乃梨は会社に行き、仕事をする。定時で仕事を終えると会社から出て駐車場に向かい、帰りも永徳の運転する車で帰宅する生活を送っていた。
「永徳さん、勤めご苦労様です」
「お疲れ様です。栄枝さん」
会社には、実乃梨に護衛がついていることを知らせていない。社長は社員に伝えて、会社全体で実乃梨を警戒したいと話していたが、実乃梨がそれだけはやめてほしいと懇願した。
「他の社員に私が不老不死だと伝えるのだけはやめてください」
「ですが、ことは生死にかかわる問題です。栄枝さんの身に何かあってからでは遅い」
「それでも、不老不死だと知られ、偏見や奇異の目で見られながら仕事をするよりましです」
実乃梨の必死な願いは通じ、社長はしぶしぶ他の社員に、実乃梨の不老不死のことを伝えないことにした。
せっかく社長が実乃梨の秘密を守ってくれているのに、永徳と一緒に歩いているところを会社の人間に見られて追及されてしまっては元も子もない。会社に護衛が付いたことをばれるのを嫌がった実乃梨のために、永徳は離れたところからの護衛に了承してくれた。
今日も、会社からある程度離れた場所で、実乃梨は永徳に声をかけた。実乃梨は車通勤だが、最近は会社から離れた場所にある民間の駐車場を借りていた。今までは会社の専用駐車場に停めていたが、永徳が護衛になってからは近くの駐車場を利用するようになった。
永徳が実乃梨に気付き、挨拶を返すと、実乃梨は車に乗り込む。すぐに永徳も運転席に乗り込み、車を発進させる。
通勤に使う車は、護衛会社から支給された車を使うようにと、社長から指示があった。いつも実乃梨が使用している軽自動車は、アパートの駐車場に停めたままになっている。黒いスモークガラスが貼られた普通車の助手席に座った実乃梨は、車が動き出したのを確認して、永徳に話しかける。
「ええと、犯人はまだ、捕まっていない、ですよね?」
「はい。最近は警察に見つかることを恐れて、身を潜めているみたいです。何とか、次の被害者が出る前に捕まえようと、我々も警察も必死で犯人を追っています。栄枝さん?」
護衛生活が一週間を過ぎて、実乃梨は永徳に不老不死連続殺人の犯人が逮捕されたのか質問した。自分でもテレビやネットで情報は集めているが、犯人は未だに逮捕されていない。殺人の実行犯は逮捕されているが、黒幕自体は未だに逮捕されていなかった。永徳の返答はわかりきっていたが、面と向かっていまだに捕まっていないと言われると暗い気分になってしまう。その様子を心配そうに見つめる永徳に、実乃梨は苦笑しながら、心の内とは別の言葉を口にする。
「いえ、護衛もしてもらって、犯人逮捕に向けて働いてもらっているので、私はずいぶんと甘やかされた生活を送っているなと思っただけです」
実乃梨を心配してくれる人間は、すでに亡くなっている。両親はおろか、親しい友人もすでにこの世にいない。会社の人間はただ仕事仲間としての関係であり、自分の身を心配してくれるだろうが、親身になってくれるかはわからない。
その点、永徳という男に関しては、実乃梨の身を守ってくれる。彼も仕事での護衛とは言え、実乃梨の仕事仲間とは違う気がした。実乃梨のおかしな発言に永徳は首をかしげる。しかし、それに構うことなく、実乃梨は言葉を続ける。
「永徳さんはすでに私が不老不死だということは聞いているはずですよね。百五十年以上生きていると、自分を心配してくれる人間が周りから減っていきます。それで、気付けば、私のことを心配してくれる人は一人もいない」
こんなことを永徳に言っても、意味がない。話したところで、永徳に余計な気を遣わせるだけだ。それでも、口にしておきたかった。実乃梨は永徳との会話で一つの決断をした。
「一人もいないということはないでしょう?栄枝さんの会社の社長、そして、私は少なくとも、あなたの身を案じています」
車を運転している永徳の横顔は真剣な表情をしている。護衛をしているということもあって、永徳は体格がいい。それに高身長で整った顔をしている。こんな人を自分が短期間とは言え、独占していることが申し訳なくなった。
その後は、会話をすることなく、社内にはラジオの流れる音だけが響き渡る。しかし、無音な空間になることがなかったので、実乃梨はただじっとラジオから流れるニュースや天気予報に、じっと耳を傾けて家に着くのを待つのだった。




