17護衛の男
「栄枝実乃梨さんですよね」
定時に仕事を終わらせた実乃梨は会社を出て、駐車場に停めている自分の車まで歩いていた。駐車場に着いたところで、見知らぬ男性に声をかけられた。実乃梨の名前を堂々と呼ぶ姿から、会社の関係者だろうと推測するが、それにしてはフルネームで呼ぶのはおかしい。
「人違いではありま」
「いえ、間違いではありません。私はこのようなものです」
男は黒スーツのポケットから一枚の名刺を取り出し、実乃梨に差し出した。差し出し方が様になっていて、不覚にもその仕草にときめいてしまう。差し出された名刺を素直に受け取り、相手の素性を確認する。
「本日付で、栄枝実乃梨さんの護衛となりました、永徳慎吾と申します」
「はあ」
「これから、栄枝さんの身の安全のために精一杯働かせていただきますので、よろしくお願いします」
名刺を眺めていたら、突然、男が自己紹介を始めた。どうやら、彼が実乃梨の護衛を担当してくれるらしい。
「それで、具体的にどのように私の護衛をしてくれるのですか?」
今の自分の現状を理解していないわけではないが、現実逃避できるのものならしてしまいたい。実乃梨は目の前の男性を見つめつつ、心の中でため息を吐く。
そもそも、実乃梨が不老不死になってしまった原因は、男性が苦手なことにある。男性恐怖症や男性アレルギーとまではいかないが、男性に対して過剰に反応してしまう。別に男性から性的な嫌がらせを受けたわけでも、いじめられたわけでもないのだが、どうしても男性を拒絶してしまう。
知らず知らずのうちに顔が引きつっていたのだろう。目ざとく実乃梨の表情に気付いた永徳が、にこやかに笑って、実乃梨の緊張を解こうと話しかけてくる。
「初対面の男性にいきなりこんなことを言われて戸惑う気持ちはわかります。ですが、私の仕事は栄枝さんの護衛となります。ですので、少しでも私といるときに、緊張しないように陰ながら見守ることにします」
笑顔で話しかけてきた永徳の姿を見ながら、実乃梨は別のことを考えていた。永徳という男は、異性にもてるだろうなということだった。
さらさらとした黒髪に、切れ長の真っ黒な瞳。護衛の仕事柄か、背は高く、スーツを着ていてもわかる筋肉質な身体。肌の色も健康的に日焼けしている。低い声は耳に心地よい。
「永徳さんはごけ」
無意識に疑問が口に出てしまい、慌てて途中で口を押える。永徳は指輪をしていなかった。
実乃梨は男性を見ると、どうしても相手をじっくりと観察してしまう。目の前の男性がどういったタイプの男性なのか、自分にとってどういう影響をもたらすのか気になってしまう。これは長年生きてきて習慣となってしまって、今更自分の習慣を変えることは困難である。
「その辺のプライベートについては黙秘します。仕事柄、いろいろ話してしまうと、のちのち困った事態を引き起こしますから」
永徳は実乃梨の質問の意図をくみ取り、先に忠告する。見た目が三十代に見えるとはいえ、実際はすでに百五十年を超える時を生きている実乃梨は、明らかに自分より年下の男に忠告されて、恥ずかしくて顔を俯かせてしまう。
「まあ、今日は初回ですし、挨拶ということで自己紹介に上がりました。では、本日より犯人逮捕までの間、よろしくお願いします」
永徳はそういうと、その場からいなくなった。どうやら、陰から実乃梨のことを警護するらしい。あっという間に姿が見えなくなり、実乃梨は駐車場に一人きりとなった。
「そういえば、どうして誰も駐車場にいないのだろうか」
実乃梨は定時に仕事を終えて、駐車場にやってきた。他にも定時上がりの社員はいたはずだが、なぜか周囲を見回しても他の社員の姿はない。なぜか社長の顔が頭に浮かんだが、深く考えることはせず、実乃梨は車に乗って自宅に帰ることにした。




