14同じ苦しみ
「栄枝さん、落ち着いて。ゆっくり息を吐いて!」
実乃梨の周りにたくさんの人が集まってくる中で、ひときわ大きな声が実乃梨の耳に聞こえた。榎木に視線を向けると、落ち着かせるように、ゆっくりと子供に言い聞かせるような口調で実乃梨に語りかけてくる。
「ゆっくり、ここに栄枝さんを馬鹿にしたりする人はいない。こんなに人が集まってきて混乱しているんだよね。大丈夫、過呼吸で人間、死ぬことはない。まずは息をゆっくり吐いて」
「ひっ!」
榎木はただ、実乃梨の過呼吸を止めようと、優しく語り掛けたつもりだったが、今の実乃梨には逆効果だった。確かに過呼吸で人が死ぬことはない。しかし、その言葉こそが、今の実乃梨をさらにパニックにさせる言葉となった。
死ぬことはない。
実乃梨の頭に呪いのように木霊する。呼吸が更に苦しくなる。しかし、パニックに陥ると同時に、実乃梨の頭ではこの状況を冷静に捉えていた。確かに過呼吸では、《《普通の人間》》も死ぬことはない。《《普通の人間》》も苦しくても死ぬことができない。死ぬことができない自分が、普通の人間と同じ状況で苦しんでいる。そのことになぜか感動してしまい、勝手に涙があふれてくる。
「そろそろ、昼休憩が終わる時間だ」
「ほんとだ」
「栄枝さんはどうするの?」
実乃梨を囲んでいた野次馬の一人がスマホで時刻を確認して、もうすぐ昼休憩終わりの時間だと伝える。周りの人間も時刻を気にしていたが、目の前で倒れている人間をどうしようかと悩んでいた。
「私がこの場に残りますので、他の皆さんは仕事に戻ってください」
ちらちらと実乃梨に視線を向ける社員に、榎木がこの場に残って実乃梨の面倒を見ると言い切った。
「じゃあ、お願いするわ」
「私たちは仕事に戻りましょう」
「行きましょう」
榎木に実乃梨の介抱を任せて、他の社員は各自の職場に戻っていく。その場には実乃梨と榎木が取り残された。
人が減り、たくさんの視線が消えたことで、実乃梨の過呼吸は少しずつ収まっていく。榎木はその様子を見ながら、実乃梨に問いかける。
「栄枝さん、落ち着いたみたいでよかった。どうして、いきなり過呼吸なんて起こしたの?今朝からずっと、不老不死の人に対してずいぶんと肩入れしているみたいだけど、それと関係があるってこと?もしかして、不老不死に同情しているの?」
「い、いえ、わたし、は、べ、別に」
他の人間が不老不死だと聞いて、自分と同じだと思ったから、感情的になってしまったのかもしれない。これは同情と言えるだろうか。明確な答えが見つからず、返答に戸惑っていると、それを遮るような声が実乃梨にかけられる。
「栄枝さん、過呼吸で倒れたところで申し訳ないけど、社長が栄枝さんに話があるみたい。急に事務所に帰ってきて、栄枝さんを呼んでいるのだけど」
先ほど実乃梨のもとに集まってきた社員の一人が慌てた様子で戻ってきた。
「しゃ、社長が、私に」
「そうなの。でも、体調がわるいのなら、私が断って」
「だ、大丈夫です。少し休んでよくなりました」
「顔が真っ青で全然大丈夫そうじゃないけど」
二人に心配されるほど、実乃梨の顔は蒼白だった。血の気が引いた顔をしていたが、実乃梨は、社長が自分にどんな用件があるのか見当がついたため、気分の悪い身体を鞭打って、社長がいる事務所に向かうことにした。




