25 バレンタインデー(3)
私の言葉を聞いてカズ君の表情が徐々に変わってゆく。マフラーを受け取った時と同じ泣きそうな笑顔……というよりほとんど泣きそうだ。
今までそんな反応した事があっただろうか?
プレゼントをあげた時やバンドが成功した時とも違う。
私の言葉で喜んでくれるのは嬉しいけど。
(あっ……!)
色々と思い返してみても、私はカズ君に好きと言った事が無い。
誕生日カードへ『ずっと一緒に居たい』と書いた位だ。
確かに告白された直後は戸惑ってしまい、カズ君からの気持ちに対しては何も言えなかった。その後も二人で居る事があまりにも自然で、そのまま時が経っていた。
だけどそんなのは言い訳にもならない。カズ君はどんな思いで過ごしていたのだろうか。
この反応を見ているだけでも随分と待っていたに違いない。そう考えると胸が苦しい。
「私、ごめんなさ……」
「美紀ちゃん」
穏やかな声だった。カズ君は急いで目元を拳で擦ると微笑んだ。
「自惚れかも知れないけど、僕は美紀ちゃんの声や手の温かさを信じてたよ」
「…………」
「もちろん今の言葉、最高に嬉しい。ありがとう」
そんなカズ君の優しさは本当に申し訳なく思う。でもそう思う事はカズ君が望んでいないのだろう。謝ろうとしたのを遮ったのがその証拠だ。
「本当に私でいいの?」
「当たり前じゃないか」
一切のためらいもない答えに、今度は私が泣きたくなった。
その時カズ君がゆっくり一歩近付いた。私も自然とカズ君の肩先に軽く額を乗せる。これなら涙を見せなくて済む。
「これからもよろしくね」
「僕こそ、よろしく」
私が改めて挨拶するとカズ君は小さく笑い耳元で答えた。当たり前だけど、クリスマスに借りたコートと同じ匂いがする。すでに懐かしくて……安心する匂いだ。
そう考えていると、カズ君の左手がぎこちなくあがる気配がした。そしてそっと私の肘辺りに触れる。私は身体に一瞬力が入るけど、すぐもう少しカズ君に身体を預けた。
胸が締め付けられる感覚がするのに不思議と落ち着いている。徐々にカズ君の腕が背中までまわり力が……。
ボーン
突然何かが音をたてた。
「えっ」
思わず身体をおこすとカズ君も目を丸くして壁を見上げた。
鳴ったのは昔から居間にある柱時計。時刻は1時を指している。
「た、大変! 遅刻!」
練習が始まる時間だ。
レイ君は学校や約束に遅刻する事が多いくせに、練習時間はやたら厳しい。
「僕は先に出るから、美紀ちゃんはゆっくり来て」
「うん」
普段なら走りに自信はあるけど今日はロングスカートだ。さすがに全力疾走は難しい。
「僕が寝坊したから遅刻、だからね」
玄関先で靴を履きながらカズ君が言った。
「違う……」
「いいから。鍵を頼むよ」
そう言って笑いながら鍵を差し出す。
「気をつけてね」
「うん。また後で」
カズ君は外へ勢いよく飛び出していった。
カズ君を見送ったが私も早く行かなければ。家を出るときちんと施錠を確認し、急いでレイ君の家へ向かった。




