26 バレンタインデー(4)
私がはなれに着いた時は妙な緊張感が漂っていた。
レイ君は無表情で、カズ君が小さくなっている。飯沼君もさすがにいつものように喋らず……畑君だけが変わらず淡々としていた。
「遅くなりました。ごめんなさい」
下手な言い訳をせずに素直に謝った。レイ君は無表情のままカセットデッキを指差す。
「1分でも時間が惜しい。さっさと準備しろよ」
抑揚のない喋りが相当な怒りを感じさせる。でも「帰れ」と言われなかっただけマシか。
「はい」
手早くテープを準備し、録音の準備をする。
「出来ました」
「……この曲、頭から」
途端に雰囲気がかわる。それからはいつもの練習だった。
元々レイ君は練習中に余計な事を喋らないし、みんなもやり取りが真剣だ。私に曲の感想を聞く時も普段と変わらない。
しかし休憩になるとレイ君は無言で部屋を出て行ってしまった。カズ君もすぐ後を追う。
「遅刻は悪いけど、謝ったし反省もしてるんだから後はいいよ。ほっとけば」
一応畑君は慰めてくれているらしい。
「下手に口出しするより辻村に任せた方がいいさ」
飯沼君はそう言うけど、やはり後でカズ君とは別に謝ろうと思った。
「呆れた。カズ君が遅刻するか、賭けてたの?」
「学食の昼メシをね。そしたら鳴海の一人負け」
お茶とケーキの準備をしている時だ。飯沼君が笑いながらそんな事を教えてくれた。畑君も無言で頷く。
レイ君は『遅刻しない』方だったという。勝ち負けはともかく、信じていただけに余計怒ったのかもしれない。
「……呼んでこようかな」
居間や台所に二人の姿は見えなかったので、レイ君の部屋に居るのだろう。
レイ君の部屋は3階だ。階段の下でためらったが、決心して一段踏み出す。
その途端に人が降りてくる気配がした。カズ君だ。
「お待たせ」
普段と調子は変わらない。
「うん。レイ君は?」
「もう来るよ」
「そう……」
私がよほど心配そうな顔をしてたせいか、カズ君は微笑んで言った。
「……先に行ってるね」
しかし動かない私を見て察したのか、カズ君はそう言い残してはなれへ向かった。
カズ君の言ったとおりレイ君もすぐ降りてきた。
私は臆せずにまっすぐレイ君の顔を見る。レイ君も視線を逸らさなかった。
「練習時間を削って、ごめんなさい」
しっかり頭を下げた。
「もういいよ。次、気をつければ」
素っ気無いがさっき比べたら全然刺々しさはない。
「うん」
相変わらず無表情だけど険しさもなかった。
ホッとしていると、レイ君は小さくため息をついた。
「カズが、全部自分のせいだから美紀にキツく当たるのは止めてくれって」
「え……」
そんな事言ったんだ。
「そん時の顔の方が、よっぽど怖かったけど」
「本当に?」
「ウソ」
サラッと言うと、今日初めて微かに笑った。
「もおっ」
レイ君の冗談はよく分からない。
「言った内容は本当」
「……カズ君ならそう言ってくれるよ」
私は自信を持って答えた。それにレイ君はウソだと言ったが、実際かなり深刻な表情だったのかも知れない。




