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第66話 「運命」――黒髪の男とアンナ・ミラー

 圭介の前に。


 少女が立っていた。


 テンガロンハット。


 黒いロングコート。


 短く切り揃えられたボブカット。


 小柄で、華奢。


 白い肌。


 整った顔立ち。


 年齢だけなら、十代後半ほどに見える。


 けれど。


 その瞳だけが。


 ひどく淡かった。


 感情がない。


 人間を見ているというより。


 そこにあるものを確認しているだけ。


 そんな目だった。


 そして。


 その顔に。


 不自然な笑顔が浮かんでいる。


「やあ」


 少女が言った。


「君が、噂の黒髪の男だね」


 圭介は答えない。


「会いたかったよ」


 ――瞬間。


 圭介の手が動いた。


 銃。


 抜く。


 構える。


 迷いがない。


 アンナの淡い瞳が、わずかに動いた。


(速い)


 ほんの少し。


 興味が生まれる。


(新聞の話)


(あながち、間違いじゃない)


 アンナは両手を上げた。


「警戒しないでよ」


 作った笑顔。


「危害は加えない」


「……信じられないな」


 圭介は銃口を下げない。


「帰ってよ」


「参ったな」


 アンナは首を傾げる。


「じゃあ……」


 ゆっくり。


 手を下ろす。


「これ」


 腰へ。


 ガンベルトに手をかけた。


「外す」


 革のベルトが外れる。


 アンナは、それを床へ落とした。


 ガンベルトには。


 二丁の拳銃。


「これでいいだろ」


 アンナが言う。


 圭介はガンベルトを見る。


 それから。


 アンナの手を見る。


「……手首」


「?」


「銃」


 アンナの笑顔が止まった。


「二十二口径かな」


 ――一瞬。


 アンナの目が開く。


 そして。


 笑った。


 今度は。


 不自然ではなかった。


 目と表情が。


 初めて一致した。


「すごいね」


 声まで変わった。


「君」


 ほんの少し。


 嬉しそうだった。


「見破られたの、初めてだよ」


 アンナはコートに手をかける。


 ゆっくり脱いだ。


 左腕。


 袖の内側。


 そこに仕込まれていたレール式の小型銃を外す。


 テーブルへ置く。


「タクシードライバー」


「……何それ」


「映画」


「映画で見たの?」


「うん」


 圭介は小さく頷く。


「使ってるのは、初めて見たけど」


「……」


 圭介の視線が下がる。


 ブーツ。


「それと」


 アンナが言う。


「ブーツ」


「……」


「ナイフ」


 圭介の目が細くなる。


「あるよね」


「うん」


 アンナはあっさり答えた。


「あるよ」


 しゃがむ。


 ブーツからナイフを抜く。


 床へ置いた。


「これでいい」


「……」


 圭介はまだ銃を構えている。


 アンナは自分の身体を見下ろした。


「他にもあるかも」


「……」


「服」


 シャツに手をかける。


「全部、脱ごうか」


「いや」


 圭介が止めた。


「いいよ」


「そう?」


「キリがない」


 アンナは少し考える。


「そうだね」


 圭介は床に置かれた武器を回収する。


 ガンベルト。


 隠し銃。


 ナイフ。


 それぞれを確認する。


 アンナは。


 それを黙って見ていた。


 圭介はアンナから目を離さない。


「敵意は……なさそうだし」


 完全には信用していない。


 ただ。


 少なくとも今すぐ撃ち合う必要はない。


「座って」


「うん」


 アンナは素直に従った。


 テーブルにつく。


 圭介も向かい側へ。


「お茶?」


「コーヒー」


「わかった」


 圭介が立ち上がる。


 その動きを。


 アンナは目で追った。


 キッチンへ向かう圭介。


 コーヒーを淹れる。


 カップを二つ。


 戻ってくる。


 テーブルへ置いた。


「ありがとう」


 アンナがカップを手に取る。


 少し啜る。


「いいわね」


「……そう?」


「男の人が淹れてくれるの」


 不自然な声。


 まるで。


 そう言えば喜ばれると覚えた言葉を、そのまま使っているようだった。


 圭介は肩をすくめる。


「まあ」


 アンナが微笑む。


「私はアンナ」


 一拍。


「アンナ・ミラー」


「……」


 圭介はカップを持った。


「僕は、リョータ」


 少し間を置く。


「リョータ・ヴィクトリア」


「リョータ」


 アンナは微笑んだ。


「よろしく」


 カップを口へ運ぶ。


 けれど。


 その目は。


 圭介から離れていない。


(まだ疑ってる)


 アンナはそう考えた。


(多分)


 そして。


 視線がテーブルの端へ落ちる。


 そこに置かれたガンベルト。


「珍しいね」


 アンナが言った。


「ブローニング」


 圭介はコーヒーを飲む。


「最新式」


「……」


「カスタムしてる」


 圭介が答える。


「グリップとハンマー」


 一拍。


「スライドも」


 アンナの瞳が。


 変わった。


 輝いた。


「これがわかるの?」


「まあ」


「いいね」


 アンナは銃を見る。


「気に入った」


 笑顔。


 今度は。


 かなり自然だった。


 だからこそ。


 圭介は警戒を強めた。


「で」


 カップを置く。


「用事は何?」


「ああ……」


 アンナもカップを置く。


「あなたに会いたくて」


「……それだけ?」


「うん」


 アンナが微笑む。


「運命よ」


 口の端が。


 わずかに上がった。


 その瞬間。


 圭介の表情が変わった。


「動くな」


 低い声。


 テーブルの下。


 銃口がアンナへ向いている。


「僕の名前は、リョータじゃない」


 アンナは動かない。


「……」


「名前も知らないなんて」


 圭介の頬を。


 冷たい汗が伝う。


「どうして、僕に会いに来た?」


 アンナは。


 じっと圭介を見る。


 そして。


「ふふ」


 笑った。


「うーん……」


 少し考える。


「速いけど……」


 沈黙。


 笑顔が消える。


 淡い瞳。


 無機質な顔。


「素人」


 次の瞬間。


 アンナの足が動いた。


 テーブルの下から伸びた足が。


 圭介の銃を持った手を正確に弾く。


「っ……!」


 銃が床へ落ちる。


 同時に。


 アンナはテーブルの上のカップを掴んだ。


 コーヒーが跳ねる。


 圭介が一瞬ひるむ。


 その隙。


 アンナが距離を詰めた。


 圭介の身体がテーブルへ押しつけられる。


「……!」


 圭介は抵抗しようとする。


 だが。


 アンナの動きが速い。


 完全に先を取られていた。


 アンナは耳元で。


 淡々と言った。


「コーヒー」


 一拍。


「ごちそうさま」


 次の瞬間。


 鈍い衝撃。


 圭介の意識が途切れた。


 視界が暗くなる。



    ◆   


「……う」


 意識が戻る。


「う……」


 ぼやけていた視界が。


 少しずつ輪郭を取り戻していく。


 天井。


 壁。


 古びたベッド。


 簡素な机。


 使われていない部屋。


「……ここ……」


 声を出そうとする。


 だが。


 うまく言葉にならない。


 口元には猿轡。


 両手。


 両足。


 椅子に固定されている。


「……!」


 圭介が身じろぎする。


 その音に。


 誰かが反応した。


「起きた」


 アンナ。


 ベッドの上に座っていた。


 足を組んでいる。


 右手にはナイフ。


 左の掌を。


 軽く叩いている。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


 圭介を見る。


 淡い瞳。


 無表情。


 そして。


 口元だけが。


 ゆっくりと上がった。


 さっきまでの作り笑顔とは違う。


 もっと。


 純粋だった。


 これから起こることを。


 楽しみにしている。


 そんな笑顔。


「……」


 アンナの瞳が。


 暗く沈む。


 そして。


 小さく呟いた。


「お楽しみの時間……」

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