第64話 血塗られた倉庫と、コインが示す惨劇
ギィィィ……。
街外れに佇む、巨大な密輸団の倉庫。
重厚な木製扉が静かに押し開かれた。
中にいた大柄な女たちが、一斉に作業を止めて入口を振り向く。
積載待ちのコンテナ、積み上げられた密輸酒の箱。
扉の前に立っていたのは──黒いロングコートを纏った、小柄で華奢な少女。
アンナ・ミラー。
灰色の淡い瞳だけを緩慢に動かし、空間全体を観察する。
(……七人)
(……まともに戦えそうなのは、三人)
その瞬間。
無機質だった彼女の顔面が、不自然な歪みを帯びて崩れた。
──ニヤリ。
口角が異様な角度まで吊り上がり、瞳の奥が血に餓えた歓喜でゆらゆらと揺れる。
ここにいる全員へ訪れる惨劇を予感し、一人で歓喜しているかのように。
アンナはゆっくりと首を傾げた。
「おい、クソガキ。ここに何の用だ」
大柄な手下の女が、銃に手をかけながら歩み寄ってくる。
アンナはそちらへ視線を向けると、瞳の奥を一切笑わせないまま、貼り付けたような作り笑いを浮かべた。
「……『ヴァレリア』に、会いに来たの」
声色だけが無駄に高く、気味が悪い。
「そんな奴は知らん。失せろ」
「……ふーん」
会話を一方的に打ち切り、アンナは楽しそうに周囲の女たちを眺めた。
警戒し銃柄に手をかける者。
荷物を抱えたまま硬直する者。
ニコッ。
「……サルーンからの紹介。」
「ここに来たら、仕事があるって。」
「……紹介状も、ある」
アンナはポケットから折られた紙片を取り出し、目の前の女へ手渡した。
「……直接、ヴァレリアに渡して」
「紹介状だぁ?」
女が疑わしげに紙片を開く。
そこに描かれていたのは──『パイク』の指名手配書。
次の瞬間。
ババァンッ!!
爆音が倉庫内に轟いた。
手配書を開いていた女の胸が大きく弾け、血飛沫を撒き散らして吹き飛ぶ。
アンナは相手を直視することすらしていない。
左手と右手を交差させ、腰のカスタムオートマチック二丁を同時一閃させたのだ。
バババババンッ!!
圧倒的な高速連射。
一瞬にして三人の手下が血煙を上げて倒れ込む。
「ひっ……!? に、逃げろぉぉぉっ!?」
残る手下たちがパニックを起こし、奥の搬出口へ逃げ出そうとした。
アンナは旋回すら面倒くさそうに、背後へ向けて淡々と引き金を引いた。
ドシンドシンッ!と重い音を立てて背中から崩れ落ちる3人。
最後の一人が腰を抜かし、血溜まりの中でがたがたと震えてへたり込んでいた。
足音もなく、その女の前まで歩み寄る。
スローモーションのように、首を傾げる。
ニヤリと、邪悪な笑みを口元に浮かべて。
カチャリ。
ポケットから銀貨を取り出した。
「……表と、裏。」
「……どちらを選ぶの?」
それから数時間後。
ギィ……と倉庫の大扉が再び開いた。
戻ってきたのは、この根城を仕切るボス──ヴァレリアだった。
足を踏み入れた瞬間、ヴァレリアは異変に気付く。
無音。
いつもなら聞こえる手下たちの怒号も酒を飲む音もない。
代わりに漂うのは、ウジの羽音と……吐き気を催す強烈な血生臭さ。
「な……なんだ、これは……!?」
散乱するコンテナの陰から、手下たちの死体が転がり出ていた。
どの顔も、この世の者とは思えない絶望と恐怖に歪んでいる。
中には……原型を留めないほど切り刻まれた遺体すらあった。
「待ってた……」
声がした。
横を向くと、木製コンテナの上にちょこんと座っている少女がいた。
手にはテキーラのグラス。
だが──その手も、着ているシャツも、真っ赤な血でドロドロに染まっている。
「……拝借した。」
「……美味しい」
ニヤリ。
瞳は完全に死んでいるのに、口元だけが歪に弧を描いている。
ヴァレリアは悪寒で全身の毛を逆立てた。
「お前が……やったのか……!?」
アンナは首を横に振った。
「……知らない」
「白々しい嘘をつくなっ! 」
「その血まみれの手は何だ!?」
「……来たときは、もうこの有様」
平然と言い放つアンナ。
自分に都合の悪い事実は端から存在しないかのような口ぶり。
「じゃあなんでお前が血まみれなんだって聞いてんだろ!!」
「……ああ。……コケちゃって」
ニコッと笑う。
完全に会話が破綻していた。
相手の恐怖や怒りへの共感性など、一微塵も存在しない。
「お前……誰だ……っ!?」
「……『パイク』は、どこ?」
ヴァレリアが反射的に腰の銃へ手を伸ばそうとした──瞬間。
バァン! バァン!
「あぐぁぁぁっ!?」
二発の弾丸が、ヴァレリアの右腕と左膝を正確に砕いた。
崩れ落ち、己の血溜まりの中で悶絶するヴァレリア。
アンナはコンテナから降りると、死が近づきつつあるヴァレリアの背中を、容赦なく靴で踏みつけた。
首を傾げ、口元を上げる。
懐から手錠を取り出し、ヴァレリアの手首へ強引にはめ込んだ。
「……『パイク』は、どこ?」
「し、知らない……本当に知らないんだ……っ!」
「……ふん」
アンナは少し考え込むように視線を彷徨わせると、表情を一瞬で消し去り、無機質な面持ちで銀貨を取り出した。
「……コインが表なら、話さなくていい。このまま優しく殺す」
「ひっ……!?」
「……私は情報が手に入らない。」
「……あなたは命を失くす。」
「……お互い、ルーズ」
淡々と、感情を挟まずに事実だけを並べる言葉遣い。
「……裏なら、吐くまで痛ぶる。」
「……早く言えば…」
「お互いウィンウィン」
ヴァレリアは、すぐ横に転がっている手下の死体に目をやった。
原型留めないほどズタズタに切り裂かれた遺体。
「あいつは……」
アンナは死体を顎で指した。
「……知らなかっただけかも」
「や、やめろ……頼む、やめてくれぇぇぇっ!!」
無機質な瞳で見下ろしながら、アンナは冷たく言い放った。
「……こういう商売。……お互い」
「諦めて」
チャリン、と高く打ち上げられた銀貨が、残酷な回転を描き始めた。
数分後。
ギィ……と倉庫の大扉が開かれ、アンナが一人で外へ出てきた。
時刻は夕暮れ。
茜色の光景が、荒野と街並みを赤く染め上げている。
アンナは自分の血塗られた服とコートを見下ろした。
(……この格好じゃ、怪しまれる)
(……血糊の匂いも、酷い)
(……『パイク』を追うのは、明日か)
無表情のまま呟き、つなぎ留めていた自分の馬へ乗り込もうとする。
その時──。
「な……舐めやがってぇぇぇっ!!」
倉庫の陰から、血みどろでよろめき出たヴァレリアが、残された右手にライフルを構えてアンナの背中を狙っていた。
だが──アンナは振り返りもしない。
まるで後ろに目があるかのように、左手のオートマチックを背後へ向け、二発連続で発射した。
ババァンッ!!
背胸を撃ち抜かれたヴァレリアは、叫び声すら上げられずに倉庫の暗がりへ吹き飛び、二度と動かなくなった。
一瞬の確認すら拒むように、アンナは馬に跨がった。
夕陽を背に受けながら、最悪のサイコパスは、静かに街の闇へと消えていった──。
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