↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
67/86

第64話 血塗られた倉庫と、コインが示す惨劇

 ギィィィ……。


 街外れに佇む、巨大な密輸団の倉庫。


 重厚な木製扉が静かに押し開かれた。


 中にいた大柄な女たちが、一斉に作業を止めて入口を振り向く。


 積載待ちのコンテナ、積み上げられた密輸酒の箱。


 扉の前に立っていたのは──黒いロングコートを纏った、小柄で華奢な少女。


 アンナ・ミラー。


 灰色の淡い瞳だけを緩慢に動かし、空間全体を観察する。


(……七人)


(……まともに戦えそうなのは、三人)


 その瞬間。


 無機質だった彼女の顔面が、不自然な歪みを帯びて崩れた。


 ──ニヤリ。


 口角が異様な角度まで吊り上がり、瞳の奥が血に餓えた歓喜でゆらゆらと揺れる。


 ここにいる全員へ訪れる惨劇を予感し、一人で歓喜しているかのように。


 アンナはゆっくりと首を傾げた。


「おい、クソガキ。ここに何の用だ」


 大柄な手下の女が、銃に手をかけながら歩み寄ってくる。


 アンナはそちらへ視線を向けると、瞳の奥を一切笑わせないまま、貼り付けたような作り笑いを浮かべた。


「……『ヴァレリア』に、会いに来たの」


 声色だけが無駄に高く、気味が悪い。


「そんな奴は知らん。失せろ」


「……ふーん」


 会話を一方的に打ち切り、アンナは楽しそうに周囲の女たちを眺めた。


 警戒し銃柄に手をかける者。


 荷物を抱えたまま硬直する者。


 ニコッ。


「……サルーンからの紹介。」


「ここに来たら、仕事があるって。」


「……紹介状も、ある」


 アンナはポケットから折られた紙片を取り出し、目の前の女へ手渡した。


「……直接、ヴァレリアに渡して」


「紹介状だぁ?」


 女が疑わしげに紙片を開く。


 そこに描かれていたのは──『パイク』の指名手配書。


 次の瞬間。


 ババァンッ!!


 爆音が倉庫内に轟いた。


 手配書を開いていた女の胸が大きく弾け、血飛沫を撒き散らして吹き飛ぶ。


 アンナは相手を直視することすらしていない。


 左手と右手を交差させ、腰のカスタムオートマチック二丁を同時一閃させたのだ。


 バババババンッ!!


 圧倒的な高速連射。


 一瞬にして三人の手下が血煙を上げて倒れ込む。


「ひっ……!? に、逃げろぉぉぉっ!?」


 残る手下たちがパニックを起こし、奥の搬出口へ逃げ出そうとした。


 アンナは旋回すら面倒くさそうに、背後へ向けて淡々と引き金を引いた。


 ドシンドシンッ!と重い音を立てて背中から崩れ落ちる3人。


 最後の一人が腰を抜かし、血溜まりの中でがたがたと震えてへたり込んでいた。


 足音もなく、その女の前まで歩み寄る。


 スローモーションのように、首を傾げる。


 ニヤリと、邪悪な笑みを口元に浮かべて。


 カチャリ。


 ポケットから銀貨を取り出した。


「……表と、裏。」


「……どちらを選ぶの?」





 それから数時間後。


 ギィ……と倉庫の大扉が再び開いた。


 戻ってきたのは、この根城を仕切るボス──ヴァレリアだった。


 足を踏み入れた瞬間、ヴァレリアは異変に気付く。


 無音。


 いつもなら聞こえる手下たちの怒号も酒を飲む音もない。


 代わりに漂うのは、ウジの羽音と……吐き気を催す強烈な血生臭さ。


「な……なんだ、これは……!?」


 散乱するコンテナの陰から、手下たちの死体が転がり出ていた。


 どの顔も、この世の者とは思えない絶望と恐怖に歪んでいる。


 中には……原型を留めないほど切り刻まれた遺体すらあった。


「待ってた……」


 声がした。


 横を向くと、木製コンテナの上にちょこんと座っている少女がいた。


 手にはテキーラのグラス。


 だが──その手も、着ているシャツも、真っ赤な血でドロドロに染まっている。


「……拝借した。」


「……美味しい」


 ニヤリ。


 瞳は完全に死んでいるのに、口元だけが歪に弧を描いている。


 ヴァレリアは悪寒で全身の毛を逆立てた。


「お前が……やったのか……!?」


 アンナは首を横に振った。


「……知らない」


「白々しい嘘をつくなっ! 」


「その血まみれの手は何だ!?」


「……来たときは、もうこの有様」


 平然と言い放つアンナ。


 自分に都合の悪い事実は端から存在しないかのような口ぶり。


「じゃあなんでお前が血まみれなんだって聞いてんだろ!!」


「……ああ。……コケちゃって」


 ニコッと笑う。


 完全に会話が破綻していた。


 相手の恐怖や怒りへの共感性など、一微塵も存在しない。


「お前……誰だ……っ!?」


「……『パイク』は、どこ?」


 ヴァレリアが反射的に腰の銃へ手を伸ばそうとした──瞬間。


 バァン! バァン!


「あぐぁぁぁっ!?」


 二発の弾丸が、ヴァレリアの右腕と左膝を正確に砕いた。


 崩れ落ち、己の血溜まりの中で悶絶するヴァレリア。


 アンナはコンテナから降りると、死が近づきつつあるヴァレリアの背中を、容赦なく靴で踏みつけた。


 首を傾げ、口元を上げる。


 懐から手錠を取り出し、ヴァレリアの手首へ強引にはめ込んだ。


「……『パイク』は、どこ?」


「し、知らない……本当に知らないんだ……っ!」


「……ふん」


 アンナは少し考え込むように視線を彷徨わせると、表情を一瞬で消し去り、無機質な面持ちで銀貨を取り出した。


「……コインが表なら、話さなくていい。このまま優しく殺す」


「ひっ……!?」


「……私は情報が手に入らない。」


「……あなたは命を失くす。」


「……お互い、ルーズ」


 淡々と、感情を挟まずに事実だけを並べる言葉遣い。


「……裏なら、吐くまで痛ぶる。」


「……早く言えば…」


「お互いウィンウィン」


 ヴァレリアは、すぐ横に転がっている手下の死体に目をやった。


 原型留めないほどズタズタに切り裂かれた遺体。


「あいつは……」


 アンナは死体を顎で指した。


「……知らなかっただけかも」


「や、やめろ……頼む、やめてくれぇぇぇっ!!」


 無機質な瞳で見下ろしながら、アンナは冷たく言い放った。


「……こういう商売。……お互い」


「諦めて」


 チャリン、と高く打ち上げられた銀貨が、残酷な回転を描き始めた。



 数分後。


 ギィ……と倉庫の大扉が開かれ、アンナが一人で外へ出てきた。


 時刻は夕暮れ。


 茜色の光景が、荒野と街並みを赤く染め上げている。


 アンナは自分の血塗られた服とコートを見下ろした。


(……この格好じゃ、怪しまれる)


(……血糊の匂いも、酷い)


(……『パイク』を追うのは、明日か)


 無表情のまま呟き、つなぎ留めていた自分の馬へ乗り込もうとする。


 その時──。


「な……舐めやがってぇぇぇっ!!」


 倉庫の陰から、血みどろでよろめき出たヴァレリアが、残された右手にライフルを構えてアンナの背中を狙っていた。


 だが──アンナは振り返りもしない。


 まるで後ろに目があるかのように、左手のオートマチックを背後へ向け、二発連続で発射した。


 ババァンッ!!


 背胸を撃ち抜かれたヴァレリアは、叫び声すら上げられずに倉庫の暗がりへ吹き飛び、二度と動かなくなった。


 一瞬の確認すら拒むように、アンナは馬に跨がった。


 夕陽を背に受けながら、最悪のサイコパスは、静かに街の闇へと消えていった──。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。