第62話 激怒のエレノアと、無機質なるサイコパス
国境沿いの街──その保安官事務所の空気は、今にも爆発しそうなほど緊迫していた。
ドサッ! とデスクに手をつき、ミリアムが目の前に座る保安官ハンナへ恐ろしい圧迫感で詰め寄る。
「本当に……ここに黒髪黒目の男が来たの?」
背後で固唾を呑んで見守るエレノアとジャンゴ。
ハンナ保安官はチッと舌打ちし、いかにも不快そうに椅子へふんぞり返った。
「教会の執行官だからって、何様のつもりだ。」
「ここは俺の管轄──」
「知事と執行部の緊急捜査許可証よ。」
「文句があるかしら?」
ミリアムが冷徹な手つきで提示した紙に、ハンナは顔を引きつらせてそっぽを向いた。
「……ふん。ああ、そうだ。来たぜ」
「なんて名乗った!?」
エレノアが前に乗り出す。
「女はパトリシア、男はケンジ……」
「『夫婦』だって聞いて否定しなかったから、そうなんだろうよ」
ミリアムがパイクの手配書を叩きつける。
「女って……こいつかしら?」
「!!? あ、あいつ……!? 密輸団のしがない小物じゃなかったのか!?」
手配書を見たハンナが、ガバッと立ち上がって目を剥いた。
保安官すら単なる小物だと思い込んでいたその女こそ──賞金額トップクラスのアウトレイジバンチ首領・パイク本人なのだ。
(やっぱりね……)
顔を見合わせるエレノア、ミリアム、ジャンゴ。
エレノアは懐から、圭介と二人で撮った一枚のポートレートを叩きつけた。
「じゃあ……男はこいつか!?」
「!? あ、ああ……こいつだ! こいつが『ケンジ』だ!」
絶句するハンナ。ミリアムが冷ややかに深いため息をつく。
「まずいわね……完全に逃げ切られたわ」
震え上がったハンナが、不審そうにエレノアを見た。
「あ、あんたら……その『ケンジ』とどういう関係なんだよ……?」
「たまたま写真を撮ってもらっただけだ! 関係ない!」
速攻で誤魔化すエレノア。
(下手に素性をバラせば、後で面倒なことになる)
「……で、どこに向かったかは分かるの?」
ミリアムの問いに、ハンナは喉を鳴らした。
「二日ほど見逃してくれと言っていたから、メヒクトリのどこかだ。おそらく……」
「ティワヌだな」
ジャンゴが腕を組み、低く吐き捨てる。
「国境沿いで一番大きい街だ。密輸団の根城もそこにある」
「……ところで」
ミリアムが冷たい瞳でハンナを見つめた。
「その二人……」
「ここで『抱き合ってキスをした』というのは本当かしら?」
「ああ! 凄く自然な感じだったぞ! 」
「まあ、女の方から激しく迫ってたがな!」
──ブチッ!!
エレノアの額に極太の青筋が浮かび上がった。
ミシッ、と握りしめた拳から恐ろしい骨鳴りが響く。
「あいつ……! 何をさせてやがる……っ!」
「……行くぞ」
怒りで身体を震わせながら背を向けるエレノア。
だがその時、ハンナが「待て」と手を挙げた。
「あんたら以外にも、さっきあの二人の聞き込みに来た奴がいたぞ」
ハンナは手で親指と人差し指の輪を作り、『金』のジェスチャーをした。
ミリアムが呆れ顔で現金紙幣をデスクにポンと置く。
「ティワヌに着いたら『ヴァレリア』を探すといい。」
「サルーンで聞けばすぐ教えてくれるはずだ」
「で、聞き込みに来たのはどんな奴なの?」
ミリアムがもう一枚紙幣を滑らせる。
「ああ……だんだん思い出してきたぜ。」
「……かなりのブスだった。」
「……!」
「見た目は十代後半……」
「透き通るような肌に…」
「小柄な体躯」
「男かと思うほど胸がなくて……」
「何より無表情だ。とにかく不気味な奴だったぜ」
それを聞いた瞬間、二人同時に顔色を変えた。
「「……アンナ・ミラー」」
「だろうな……」
ジャンゴを見つめるエレノア。
ジャンゴは苦々しく頷いた。
「先に……行かれたか」
ポツリと呟くエレノアに、ミリアムが眉をひそめる。
「その女……賞金稼ぎなの?」
「ああ……ただの賞金稼ぎじゃねぇ。」
「殺しもやる…」
「超がつくほどヤバい奴だ」
ジャンゴが低い声で告げる。
エレノアも重いため息をついた。
「罪悪感も、恐怖も、倫理観も……一切存在しない。」
「人を殺すことに理由も躊躇いもない……」
「……サイコパスね」
顔を曇らせるミリアム。
三人はすぐさま保安官事務所を飛び出し、馬を走らせてティワヌへと急行した──。
同時刻。
メヒクトリの国境の街──ティワヌの入り口に、一頭の馬影が静かに佇んでいた。
テンガロンハットを深めにかぶり、黒いロングコートを風になびかせる人物。
白のウエスタンシャツの腰元には、重厚な2丁のカスタム拳銃。
帽子から覗くのは、ショートの淡いボブカットと、あまりにも端正で人形のような顔立ち。
見た目は十代後半の少女。
しかし──何よりも異質なのは、その『瞳』だった。
灰色がかった淡い青の瞳。
感情、光、温もり……あらゆる人間的な要素が一切欠落した、恐ろしいまでに無機質な眼光。
──アンナ・ミラー。
彼女は首すら動かさず、ただ眼球だけを滑らせて街の景色を眺めていた。
行き交う人々。
買い物を楽しむ夫婦、笑い合う親子、のんびり歩く老人や子どもたち。
当たり前の、平凡な日常。
それらを視界に収めた瞬間──アンナの唇が、ゆっくりと歪んだ。
まるで獲物を捉えた毒蛇のように、目だけが歪に笑う。
(……この街のどこかにいる)
(黒髪の男と……パイク)
声もなく、表情も変えず。
アンナはパカッ、パカッ……と静かに馬を進め、賑わうサルーンの方角へと消えていった──。
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