第57話 黒髪の新入り、荒野を撃ち抜く――そして密輸団に「亭主」と紹介された。
荒野を、幾台もの馬車が進んでいた。
乾いた大地。
遠くに連なる赤茶けた岩山。
ところどころに立つサボテン。
空は、どこまでも青い。
その一団の中に――二人の姿があった。
リシア。
そして、圭介。
馬上の圭介は、周囲を見回した。
どうにも。
視線が多い。
多すぎる。
しかも――妙に熱い。
ちら。
ちら。
ちら。
女性たちの視線が、圭介に集中している。
黒髪。
黒い瞳。
この世界では、それだけでも珍しい。
ましてや。
男。
圭介は肩をすくめた。
(……なんだ、この空気)
隣を走るリシアを見る。
リシアは前を向いたまま。
無表情。
だが。
こめかみに、わずかに筋が浮いている。
――怒っている。
圭介には、それが分かった。
そんな二人へ、恰幅のいい女が馬を寄せてくる。
密輸団のリーダー。
ヴァレリアだった。
「おい、パイク」
「何だ」
「お前の紹介だから仲間に入れたが……」
ヴァレリアは圭介を見る。
頭の先から。
足元まで。
「本当に役に立つのか?」
「たぶんな」
「たぶん?」
周囲から笑いが起こる。
別の大柄な女が、圭介を眺めながら口笛を吹いた。
「まあ、いいじゃねえか」
「珍しい男だ」
「後で歓迎会でもするか?」
「おいおい」
「パイクが怒るぞ」
どっと笑いが起こる。
圭介は引きつった笑みを浮かべた。
(歓迎会って……絶対ろくな意味じゃない)
その横で。
リシアの目が細くなる。
――こいつは私のものだ。
声には出さない。
ただ、圭介を見る。
そして顎をわずかに動かす。
――だから来るなと言った。
圭介も理解する。
――うん。ごめん。
視線だけで会話が成立した。
完全な阿吽の呼吸だった。
しかし。
問題は、もう一つ。
この密輸団。
圭介を完全に「男娼」として見ている。
ならば――。
「ケースケ」
リシアが呼んだ。
「何?」
「止まれ」
リシアが馬を止める。
圭介も止まった。
リシアは遠くを見る。
荒野に、まばらに生えているサボテン。
その数。
十。
リシアがライフルを抜いた。
「撃て」
「え?」
「あのサボテン」
「十本」
「全部だ」
圭介が目を瞬く。
「馬に乗ったまま?」
「ああ」
「……マウンテッドシューティング?」
「出来るな?」
圭介は少し考えた。
その様子を見て、団員の一人が笑う。
「おいおい、無茶言うなよ」
「俺でも十本全部は無理だ」
「走る馬の上だぞ?」
リシアは圭介を見る。
「ケースケ」
「うん」
「やれ」
短い。
それだけ。
圭介はライフルを受け取った。
「分かった」
馬の腹を軽く蹴る。
走り出す。
土煙が舞う。
馬が加速する。
サボテンとの距離が縮まる。
圭介は上体を起こした。
馬の動き。
呼吸。
揺れ。
全部を合わせる。
そして――。
パンッ!
一発。
サボテンの先端が弾け飛ぶ。
パンッ!
二本目。
パンッ!
三本目。
「……おい」
「マジか?」
馬が駆ける。
圭介は無理に狙わない。
馬の上下動に合わせる。
揺れが最も小さくなる瞬間。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
六本目。
七本目。
八本目。
「嘘だろ……」
九本目。
そして。
最後の一本。
パンッ!
命中。
静寂。
圭介は銃を下ろした。
そのまま馬を旋回させる。
土煙の向こうから戻ってくる。
密輸団の面々は――。
全員、口を開けていた。
圭介が戻ってくる。
「ただいま」
一拍。
「……」
「……」
「ははっ」
誰かが吹き出した。
「ははははは!」
次々と笑い声が広がる。
「すげえ!」
「十本全部かよ!」
「まぐれじゃねえだろ!」
ヴァレリアも大笑いしている。
リシアだけは、わずかに口元を上げた。
「どうだ」
ヴァレリアを見る。
「ああ」
ヴァレリアは頷く。
「認める」
「こいつは使える」
そして。
圭介を見る。
「ところで、パイク」
「何だ」
「あいつ――」
ヴァレリアが指を立てる。
「お前の?」
「お前の」
「……いや」
ヴァレリアが首を傾げる。
「そうじゃなくて」
「どういう関係だ?」
リシアが黙る。
少しだけ考える。
圭介を見る。
圭介も見る。
一瞬。
視線が交わる。
リシアの口元が――。
ニヤリ。
「亭主だ」
「…………」
風が吹いた。
荒野を乾いた風が抜ける。
誰も動かない。
圭介も固まる。
そして――。
「「「「「えええええええええっ!?」」」」」
密輸団が一斉に叫んだ。
圭介も叫びそうになった。
(亭主!?)
リシアを見る。
すると。
リシアが、顎をわずかに動かした。
――合わせろ。
そして視線だけで周囲を示す。
――でないと襲われるぞ。
圭介は悟った。
(……そういうことか)
小さく頷く。
「……うん」
ヴァレリアが目を丸くする。
「本当か?」
「まあ……」
圭介が苦笑する。
「そういうことになったみたい」
「みたい?」
リシアが横目で見る。
圭介は即座に訂正した。
「なった」
「そうだ」
リシアも頷く。
密輸団が一斉に笑い出した。
「パイクに亭主!」
「こりゃ驚いた!」
「お前、いつの間に!」
リシアは肩をすくめる。
「最近だ」
「へえ」
ヴァレリアが圭介を見る。
「しかし、お前も大変だな」
「何が?」
「パイクの亭主だぞ」
圭介は苦笑した。
「……よく考えたら」
「僕もついに密輸団デビューだよ」
「ははは!」
ヴァレリアが腹を抱える。
「いいじゃねえか!」
「ついに密輸童貞卒業だな!」
「その言い方やめてよ!」
圭介が顔をしかめる。
リシアが淡々と口を挟んだ。
「本当の意味での童貞なら――」
一拍。
「私が先にもらってるがな」
「…………」
圭介が固まる。
(いや、エレノアだけど…)
それは言えない。
次の瞬間。
「はははははは!」
「パイク、お前最高だ!」
「そういうところだぞ!」
密輸団が大爆笑する。
圭介は顔を覆った。
「……リシア」
「何だ」
「それ言う必要あった?」
「事実だ」
「そうだけど!」
また笑いが起こる。
荒野の真ん中。
犯罪者の一団とは思えないほどの、底抜けに明るい笑い声だった。
ヴァレリアが笑いながら言う。
「正規に運んだって、役人に賄賂を要求される」
「なら、安く酒を届ける方がいい」
リシアが淡々と答える。
「結局、損するのは飲む側だ」
「違いねえ!」
また笑う。
ヴァレリアがリシアの肩を叩く。
「しかしパイク」
「何だ」
「お前に亭主か」
「運を使い切ったな」
リシアは少しだけ目を細めた。
「……そうかもな」
圭介を見る。
その横顔は。
いつもの冷たいものではなかった。
ほんの一瞬だけ。
柔らかい。
「希望をもらった」
「お前、そんなこと言うんだな」
「悪いか」
「いや」
ヴァレリアが笑う。
「いい顔してるぜ」
別の女が圭介に声をかける。
「なあ、ケースケ」
「何?」
「パイクと別れたら、俺のところへ来いよ」
「いや、私だ」
「私も立候補しようかね」
「ええ……」
圭介が困った顔をする。
そして。
調子に乗った。
「まあ、みんな綺麗だから」
「ちょっとドキドキしちゃうよ」
「…………」
リシアが笑った。
笑っている。
ちゃんと笑っている。
――ただし。
目だけが笑っていない。
目尻が。
ぴく。
ぴく。
ぴく。
圭介の背筋に冷たいものが走る。
(……ヤバい)
リシアを見る。
目が合う。
――お前。
――調子に乗るな。
そんな声が聞こえた気がした。
圭介は即座に視線を逸らした。
「じゃ、じゃあ僕は馬車の確認でもしてくるよ」
「逃げたな」
「逃げたね」
密輸団が笑う。
リシアは何も言わない。
ただ。
帽子のつばを少し下げた。
そして馬を進める。
圭介もその隣につく。
二人の距離は近い。
肩が触れそうなほど。
圭介が小声で言う。
「……怒ってる?」
「別に」
「怒ってるよね」
「気のせいだ」
「目が怖かった」
「そうか」
「うん」
少し沈黙。
リシアが前を見る。
「……あまり調子に乗るな」
「はい」
「私が面倒を見る」
「うん」
「だから」
一拍。
「勝手に離れるな」
圭介は少しだけ驚いた。
そして。
「分かった」
笑う。
リシアは答えない。
ただ。
馬を少しだけ圭介に近づけた。
肩と肩が触れる。
圭介も離れない。
荒野の先。
国境沿いの橋が見えてきた。
密輸団の笑い声が、乾いた大地に響いている。
リシアは前を見る。
明日のことは考えない。
遠い未来も。
まだ見ない。
ただ。
今。
隣に圭介がいる。
それだけでいい。
リシアは帽子のつばを下げた。
二人は並んで走り出す。
荒野の向こうへ。
今だけは。
この瞬間だけは。
何も失わないために。
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