第54話 星空の下、嘘をついた――刹那を生きる女
抜けるようなどこまでも高い青空。
見渡す限りの赤茶けた荒野と、どこまでも続く巨大な残丘。
リシアと圭介は一頭の馬に跨がり、メヒクトリの荒野を疾走していた。
リシアの前には、圭介。
馬が跳ねるたび、圭介の湿った背中の温もりと甘い体香が鼻孔をくすぐり、頭がクラクラしそうになる。
(……くそっ、顔が熱い……)
平静を装いながらも、リシアの心臓は激しく跳ね上がっていた。
このまま後ろから強く抱きしめたい。
けれど、できない。
自分のような醜女が気安く触れて
もしも
拒絶されたら──。
プライド
幼い頃から刷り込まれた容姿に対する劣等感
それが邪魔をする。
だが、やがて馬は巨大な渓谷の崖上へと辿り着いた。
沈みゆく赤々とした夕陽が立ち並ぶ巨岩群を幻想的な血赤色に染め上げていく。
「うわぁぁぁ……すごい……っ!」
馬上から眼前を見下ろし、圭介が無邪気に感嘆の声を上げた。
瞳が、夕陽を受けてキラキラと輝いている。
「こういう景色……ずっと憧れてたんだ」
そう言って振り返る圭介。
無防備すぎる笑顔に、リシアは心臓を撃ち抜かれ、思わず帽子の鍔を深めに下ろした。
「……ああ。いい景色だな」
顔が赤くなっているのを悟られぬよう、低くクールな声を絞り出す。
「この渓谷の川沿いで、今日は野宿だ」
「うん!」
夜。
川のせせらぎが心地よく響く
焚き火の火の粉がパチパチと舞い上がっていた。
並んで暖を取る二人。
上空には美しい満天の星空。
「明日には……ティワヌに着く」
リシアはポットの湯気越しに呟いた。
「アメリジア側の国境沿いは、賞金稼ぎや警備隊が警戒しているからな。」
「しばらくティワヌで潜伏してやり過ごす」
「みんなは……?」
「先にアジトに戻っているはずだ」
圭介の素直な問いに、リシアの胸がチクリと痛んだ。
嘘ではない。
だが──本当なら、直接アジトへ帰る隠しルートがあるのだ。
わざわざ遠回りをしてティワヌを経由する必要など、どこにもない。
(……我ながら、笑っちまうな)
家族同然の仲間たちを差し置いて
ほんのわずかな期間
この男と二人きりになりたかった。
まるで、恋人のように過ごしたかった。
(いつからこんな……浅ましい女になっちまったんだ。)
(……全部、お前のせいだぞ)
愛おしそうに圭介を見つめるリシア。
目が合い、圭介が首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
リシアはマグカップのテキーラを喉へ流し込んだ。
アルコールのせいにして、自分の膝の上に毛布を広げる。
そして、黙って目線で合図を送った。
──こっちに来い。
「う、うん……」
恐る恐る近付き、同じ毛布に潜り込む圭介。
二人の肩が触れ合い、甘い体温が交じり合う。
圭介が意を決したように口を開いた。
「あのさ……これって……」
「ん?」
「……恋人、みたいじゃない?」
ブフォッ────!!
リシアは口に含まれていたテキーラを猛烈な勢いで吹き出した。
「ゲホッ! ゴホッ、ゲホッ……!!」
むせ返り、耳まで真っ赤になるリシア。
勢いよく圭介へ人差し指を突きつけた。
「こ、恋人じゃ……ないのか!? 」
「違うのか!?」
「う、うーん……どうだろう……」
顔を真っ赤にして困ったように頬を掻く圭介。
聞きたい。
けれど、怖くて聞けない。
自分とエレノア──どちらが好きなのか。
エレノアに強い未練を残していることくらい、百も承知だ。
(……今は聞かないでおくか)
リシアは大きくため息をつき、逃げるように満天の星空を見上げた。
「なあ……ケースケ」
「何……?」
「もし……もしもアメリジアに戻れなかったら」
「……南大陸へ行ってみないか?」
仲間の裏切り。
無法者としての掟破り。
そんなことは分かっている。
けれど──この男となら、すべてを捨てて新天地へ逃げるのも悪くない。
圭介は少し驚いたように目を丸くし、それからくすりと笑った。
「それこそ……『明日に向かって撃て!』だよ」
「なんだそれ」
「映画だよ。」
「最後、二人は追い詰められて……銃撃戦の中で死ぬんだ」
「ははっ!」
リシアは愉悦に唇を歪めた。
(いいな……)
(こいつと一緒に死ねるなら)
(悪くない)
「大丈夫だ。絶対楽しい。」
微笑む圭介。
吹き抜ける冷たい夜風の中、二人の唇が自然と重なり合った。
深夜。
隣で規則正しい寝息を立てる男。
さっきまでの濃密な睦事の熱気が嘘のように、静かな夜が包み込んでいた。
リシアは愛おしそうに、圭介の柔らかな黒髪を撫で下ろした。
(この男は……)
(私を選ぶのだろうか)
エレノアへの気持ちがあることは分かっている。
けれど──だからといって、返してやるつもりなど毛頭ない。
「もう……お前は私のものだ」
一度手に入れた温もりを、放すわけがない。
「いっそ……」
「このまま二人で、死ぬまで……」
リシアは圭介の体を強く抱きしめた。
荒野を吹き抜ける風が、二人の甘く重い夜を静かに連れ去っていく。
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