第5話 死神は、たった一人の男に撃ち抜かれた。
焚き火の音がする。
パチ……。
乾いた木が弾け、赤い火の粉が夜空へ舞う。
エレノア・ウエストウッドは、ゆっくりと瞼を開いた。
最初に感じたのは痛みだった。
背中が焼けるように熱い。
息を吸うだけで、傷口が悲鳴を上げる。
(……生きてるのか)
ぼやけた視界。
揺れる炎。
そして、その向こうに人影があった。
男。
黒い髪。
見慣れない顔。
「気が付いた」
男が言った。
その声を聞いて、エレノアは薄く笑う。
「……そうか」
「俺は死んだんだな」
男は眉をひそめる。
「死んでない。」
「なら……ここは地獄か」
エレノアは皮肉っぽく笑った。
「まあ、男がエスコートしてくれる地獄なら悪くない。」
だが。
笑った瞬間。
背中に激痛が走る。
「っ……!」
歯を食いしばる。
額に汗が浮かぶ。
男が近づいた。
「まだ痛むの」
そして。
男の手がエレノアの額に触れる。
熱を確かめるため。
ただ、それだけ。
なのに。
「……っ」
エレノアの顔が一気に赤くなった。
「な、なんだ……?」
「どうした?」
「いや……」
自分でも分からない。
銃口を向けられても動じない。
殺し合いなら何度も経験している。
なのに。
ただ触れられただけで、心臓が変な音を立てる。
「まだ意識が混乱してるのかな?」
男が言った。
「止血はした。」
「でも銃弾は取り出してない。」
その言葉で現実に戻る。
「……なるほどな」
エレノアは男を見る。
「お前は?」
「壺井圭介。」
「……」
「変な名前だな」
「ケースケでいいか」
「うん。」
エレノアは周囲を見る。
少し離れた場所に、自分の馬がいる。
「……お前が助けたのか」
「たまたま見つけただけ。」
淡々と答える。
妙な男だった。
恩を売る気もない。
助けたことを誇る気もない。
ただ、そこにいる。
「ケースケ。」
「鞍袋からスキットル、針、糸、包帯を取れ。」
「……うん。」
圭介は言われた通り動いた。
エレノアはスキットルを受け取る。
蓋を開ける。
中身はウイスキー。
荒野の夜には、それが薬だった。
一口。
喉を焼く熱。
「……これで少しはマシだ。」
そしてナイフを圭介へ渡す。
「ケースケ。」
「背中に酒をかけろ。」
「それから、このナイフで弾を取る。」
圭介の手が止まる。
「……僕が?」
「お前しかいないだろ。」
「……」
「いいからやれ。」
エレノアは上着を脱ぐ。
これは恥じらいではない。
生き残るための行動。
彼女にとって傷の処置は、銃の手入れと同じだった。
しかし。
圭介は固まった。
顔が真っ赤になる。
エレノアは首を傾げる。
「何だ?」
「……いや。」
圭介は目を逸らした。
美しい双丘が目に入る。
「慣れてない。」
「何に?」
「……女の人に。」
「は?」
意味が分からない。
エレノアにとって、自分は女である前に賞金稼ぎだった。
誰も彼女を女として扱わなかった。
黒帽子の死神。
西部一の醜女
それが彼女だった。
「馬鹿言ってる場合か。」
「弾が残れば死ぬ。」
「頼む。」
圭介は黙って頷いた。
スキットルの酒を傷口へ。
焼けるような痛み。
「……っ!」
エレノアは歯を食いしばる。
次の瞬間。
ナイフが入る。
「……!」
声を漏らさない。
それがガンスリンガーの意地だった。
圭介の手は震えている。
だが止まらない。
少しずつ。
少しずつ。
弾丸を取り出す。
そして。
包帯を巻く。
最後に。
圭介が手をかざした。
淡い光。
傷がゆっくり塞がっていく。
「……魔法?」
エレノアが呟く。
しかし答えを聞く前に。
限界だった。
意識が沈む。
翌朝。
エレノアは目を覚ました。
焚き火の跡。
その向こう。
黒髪の男。
(東洋人……)
(ツボニールが言っていた男なのか?)
あの奇妙な龍の言葉。
『三日後、男に出会う』
『願いは叶う』
(馬鹿げてる。)
(そんな都合のいい話があるか。)
そう思う。
だが。
自分は今、生きている。
それだけは事実だった。
その時。
圭介が目を開ける。
「……エレン?」
エレノアは眉をひそめる。
「誰だ、それ。」
「あ、ごめん。」
圭介は慌てる。
「映画の主人公。」
「昔見た映画の女ガンマン。」
「すごく綺麗な人だった。」
沈黙。
エレノアは周囲を見る。
誰もいない。
「……どこだ?」
「何が?」
「その美人。」
圭介は不思議そうな顔をした。
「君。」
「……」
「君だよ。」
エレノアは固まった。
(俺?)
意味が分からない。
からかっている?
いや。
違う。
この男は本気だ。
「……変な奴だな。」
「よく言われる。」
「誰に?」
圭介は少し考える。
「……あまり人と話したことないから分からない。」
エレノアは思わず笑った。
「本当に変な奴だ。」
「名前。」
圭介が言う。
「ちゃんと聞いてなかった。」
エレノアは少し間を置いた。
「エレノア・ウエストウッド。」
「エルでいい。」
「ケースケは命の恩人だからな。」
言った瞬間。
なぜか顔が熱くなる。
圭介は笑った。
「分かった。」
「エル。」
その呼び方が。
嫌じゃなかった。
むしろ。
少しだけ嬉しかった。
「朝飯にする。」
「腹減ってるだろ。」
エレノアは立ち上がる。
荒野を歩くだけだった人生。
銃と賞金だけだった日々。
そこに。
初めて、自分を普通の女として見る男が現れた。
黒帽子の死神。
エレノア・ウエストウッド。
彼女はまだ知らない。
この出会いが。
荒野そのものを変える恋になることを。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
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