第4話 死神ウエストウッド、最期の銃声
荒野には、嘘がない。
残された足跡。
消えかけた焚き火。
食べ終わった缶詰。
それだけで、相手が何者か分かる。
少なくとも――
生き残ってきた賞金稼ぎなら。
エレノア・ウエストウッドは、乾いた大地に馬を止めた。
黒い帽子の影から、青い瞳が地面を見下ろす。
馬から降りる。
しゃがみ込み、指先で土に触れる。
「……五人」
蹄の跡。
大きさ。
間隔。
そして。
焚き火跡。
「今朝だな」
指についた砂を払う。
「近い」
立ち上がる。
黒いジャケットの背中。
そこには死神を象徴するドクロの刺繍。
街ではこう呼ばれている。
黒帽子のウエストウッド
死神ブラック・エル
賞金首を追い続けて十年。
撃ち合いで生き残った数。
倒した賞金首。
その数から、いつしかそう呼ばれるようになった。
しかし。
本人は、その呼び名を好きではなかった。
死神。
そんなものになりたかったわけじゃない。
ただ。
生きるために銃を握っただけだ。
エレノアは馬に跨る。
「待ってろよ」
遠くを見る。
「パイク」
渓谷。
荒野の中にある、天然の要塞。
左右を切り立った岩壁に囲まれた場所。
普通なら近づかない。
だが。
賞金首は、そこに逃げ込んだ。
そしてエレノアは追ってきた。
馬を進める。
一歩。
二歩。
三歩。
その瞬間だった。
ヒュッ。
頬を何かが掠めた。
血が一筋流れる。
エレノアの目が細くなる。
「……しまった」
待ち伏せ。
手綱を引く。
馬を反転させる。
しかし。
逃げ道。
そこにもいた。
高所。
岩陰。
ライフルを構えた女。
「よう」
崖の上から声が響く。
「追ってくると思ってたぜ」
エレノアはゆっくり顔を上げる。
そして。
小さく笑った。
「だろうな」
レバーアクションライフルを構える。
「お前の首をもらいに来たんだから」
一言。
「パイク」
岩の上。
女が姿を現す。
タバコを咥え。
革のロングコートを風になびかせる。
太陽に焼けた肌。
艶のあるダークブラウンの髪。
鋭い眼差し。
整った顔。
鍛え抜かれた身体。
腰には二挺の拳銃。
パトリシア・“パイク”・ビショップ。
アウトレイジ・バンチ。
西部最大級の強盗団。
そのリーダー。
「ブラック・エル」
パイクは煙を吐く。
「お前には借りがある」
「俺の仲間を何人殺した?」
「……」
「だから」
銃を構える。
「今日は返しに来た」
エレノアも銃を構える。
「悪いな」
「仕事だった」
「賞金首だったからな」
パイクの目が細くなる。
「そういうところだよ」
「お前は」
「自分が何を奪っているのか分かってない」
次の瞬間。
銃声。
荒野が震えた。
エレノアは馬を走らせる。
岩陰へ。
しかし。
敵は多い。
上。
左右。
完全な包囲。
「死神も逃げるか!」
パイクが笑う。
「……」
エレノアは答えない。
勝てない戦いはある。
だが。
負けるつもりもない。
その時。
パイクがライフルを構えた。
狙い。
エレノアの背中。
「終わりだ」
静かな声。
「地獄で仲間に詫びろ」
引き金。
パンッ。
衝撃。
背中に熱が走る。
「……っ」
一瞬。
呼吸が止まる。
しまった。
視界が歪む。
それでも。
エレノアは馬を走らせた。
倒れない。
死なない。
生きる。
「どうする?」
横にいた女が聞く。
「追うか?」
アニエス・“ダッチ”・ボルグ。
パイクの右腕。
もちろん、この世界では『醜女』と呼ばれる、屈強な女だった。
パイクは遠ざかるエレノアを見る。
そして。
小さく笑った。
「いや」
「戻るぞ」
「え?」
「もう十分だ」
パイクは背を向ける。
「死神はもう死んだ」
アウトレイジ・バンチは消えた。
◇
意識が薄れる。
寒い。
暗い。
エレノアは思った。
ああ。
ここまでか。
その時。
誰かがいる。
ぼやけた視界。
黒髪の男。
知らない顔。
なのに。
なぜか安心する。
「大丈夫ですか?」
男の声。
「今、助けます」
温かい手。
幻覚だ。
死ぬ前の夢。
エレノアは小さく笑う。
まあ。
悪くない。
最後の最後に。
男に抱かれるなんて。
「……上出来じゃねえか」
そして。
ブラック・エルの意識は闇へ落ちた。
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