第3話 黒帽子の賞金稼ぎと、荒野の神様(後編)
「では――」
ツボニールは、にやりと笑った。
「男をあてがってやろうぞ」
あまりにも自信満々な言葉。
まるで、最初からエレノアの願いなど知っていたかのようだった。
エレノアは鼻で笑う。
「……人に男をあてがう前に、自分の心配をしたらどうだ?」
「何?」
「その顔で恋愛の世話役とか、説得力がないだろ」
沈黙。
ツボニールの眉がぴくりと動く。
「何を言っとる」
「わしは結婚しておるぞ」
「……」
「……」
荒野の夜。
焚き火の音だけが響いた。
「……は?」
エレノアの顔が固まる。
ツボニールは得意げに懐へ手を入れた。
「ほれ」
取り出したのは、一枚の写真。
そこには――
黒髪。
黒い瞳。
東洋の衣装を着た青年。
そして隣には。
白無垢姿のツボニール。
幸せそうに笑う二人。
「…………」
エレノアは写真を見つめる。
数秒。
そして。
「嘘だろ……」
思わず声が漏れた。
「お前……」
「なんじゃ?」
「……この男に、いくら貢いだ?」
「なっ!?」
ツボニールが立ち上がる。
「何を言うか!」
「いや、だって」
エレノアは写真を見る。
「こいつ、結構いい男じゃねえか」
「……」
「東洋人っていうのか?」
「なんというか……」
「エキゾチックって感じだ」
ツボニールは腕を組み、満足そうに頷いた。
「まあな」
「そこは否定しないのかよ」
思わずエレノアが突っ込む。
その瞬間だった。
ツボニールの表情が変わった。
ふざけた雰囲気が消える。
「本題じゃ」
静かな声。
「この先を三日進んだところに、渓谷がある」
「そこで、お主は男に出会う」
「……」
「願いは叶う」
エレノアはツボニールを見る。
さっきまでの間抜けな女とは違う。
何かを知っている目だった。
「男も……」
ツボニールは微笑む。
「お主を気に入るはずじゃ」
「どうせ、そっちへ行く予定だった」
エレノアは視線を遠くへ向ける。
その方向。
そこには賞金首の情報にあった場所がある。
――アウトレイジ・バンチ。
「まあ、ついでだ」
エレノアは肩をすくめた。
「期待はしない」
ツボニールは首を傾げる。
「なぜじゃ?」
「決まってるだろ」
エレノアは空を見上げた。
「俺はもう二十八だ」
「もう、とっくに行き遅れだ」
星空を眺める。
「どうせ……」
一瞬だけ。
死神と呼ばれる女の顔から、強さが消えた。
「こんな醜女を、本気で愛する奴なんて――」
「今さらいるわけない」
小さな声だった。
ツボニールは何も言わなかった。
ただ、静かにエレノアを見る。
「エレノアよ」
「……なんだ」
「お主が求めているものは」
焚き火が揺れる。
「ただ男が欲しいということではない」
「……」
「愛したい」
「愛されたい」
「その両方じゃ」
エレノアは黙って聞いていた。
「文化も、育った場所も、何もかも違う者同士が共に生きるにはな」
ツボニールは指を一本立てる。
「必要なのは、見た目でも条件でもない」
「絆じゃ」
「敬意じゃ」
「そして――」
「自分の格好悪いところを見せられるかじゃ」
エレノアの瞳がわずかに揺れる。
「強いふりをして隠している弱さ」
「誰にも見せたくない傷」
「それを相手にさらけ出せるか」
「それが夫婦というものじゃ」
沈黙。
エレノアは小さく息を吐いた。
――なんなんだ。
――こいつ。
さっきまで酒を勝手に飲んでいた変な女。
なのに。
時々。
妙に核心を突いてくる。
「まあ……」
エレノアは焚き火を見る。
「覚えておくよ」
「期待はしないけどな」
ツボニールは笑う。
「そうか」
「じゃが、心せよ」
立ち上がる。
「お主が求めている縁は、もう動き始めておる」
「……」
「妾は恋愛成就と夫婦円満を司る神」
「縁を結ぶことはできる」
「じゃが」
ツボニールの姿が、月明かりの中で淡く揺らぐ。
「その縁を未来まで繋ぐのは――」
「二人自身じゃ」
次の瞬間。
水面に石を落としたように。
空間が波打った。
「……な」
エレノアが立ち上がる。
銀髪の女の姿が、光の中へ消えていく。
「おい!」
手を伸ばす。
しかし。
そこには誰もいない。
ただ。
地面に落ちた一本のスキットルだけが残っていた。
「……」
エレノアはそれを拾い上げる。
「何だったんだ……」
夜空を見る。
「本当に……神様だったのか?」
答える者はいない。
ただ。
荒野の冷たい風が吹き抜ける。
そして彼女は知らなかった。
三日後。
自分の人生を変える男が。
同じ星空の下で、こちらへ向かっていることを。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。




