第2話 黒帽子の賞金稼ぎと、荒野の神様(中編)
「これか?」
ツボニールは、エレノアのリボルバーを人差し指と親指でつまみ上げた。
まるで子どもの玩具でも摘まむような気軽さだった。
エレノアの蒼い瞳が大きく見開かれる。
「……お前、いつの間に」
ホルスターから抜かれたことにすら気づかなかった。
そんなことは、生まれて初めてだ。
ライフルを握る手に自然と力が入る。
「奴らの仲間か」
焚き火を挟み、二人が向かい合う。
ツボニールは首を傾げた。
「奴ら、と言われても分からぬ。」
そして、あっさりと拳銃を放って寄越す。
「敵ではない。安心せい。」
エレノアは反射的に受け止めた。
手の中の重みを確かめる。
本物だ。
弾も抜かれていない。
「それにな――」
一拍。
焚き火の向こうで、ツボニールは微笑んだ。
「その銃では、妾は殺せまい。」
エレノアは黙って拳銃を見つめる。
――撃つか。
頭の中で引き金を引く。
距離は五歩。
必中だ。
だが。
この女は、わざわざ銃を返した。
つまり。
撃たれても構わない。
いや。
撃たれても死なないと確信している。
それなら撃つ意味はない。
少しだけ、不愉快だ。
「怒ったか?」
ツボニールが笑う。
「……そうだな。」
エレノアは肩をすくめた。
「飯を食わせてもらった相手にする態度じゃない。」
「そう怒るでない。」
ツボニールは悪びれもせずビスケットをかじる。
ぽり。
ぽり。
そのまま隣に置いてあった銀のスキットルへ手を伸ばした。
「おい。」
嫌な予感がした。
「それ――」
コルクを抜き。
ごく、ごく、ごく。
琥珀色の液体を一気に飲み干す。
「…………」
「うむ。」
満足そうに頷く。
「いつもは日本酒なのじゃが、ウイスキーも悪くないのう。」
「……それ、俺の酒なんだけど。」
「そうか?」
「そうだよ!」
思わず声を荒げた。
ツボニールは腹を抱えて笑う。
「はっはっはっ!」
怒りを通り越して、エレノアは呆れた。
何なんだ、この女。
強い。
図々しい。
空気を読まない。
なのに、不思議と嫌悪感だけは湧かなかった。
ツボニールは笑みを収めると、改めてエレノアを見つめる。
頭の先からブーツまで。
まるで値踏みするように。
「……ふむ。」
頷く。
「まあ、お主でよいか。」
「は?」
「この飯と酒で玉串料ということにしてやろう。」
にやりと笑う。
「願いを言うてみよ。」
焚き火がぱちりと爆ぜた。
「たいていの願いなら叶えられるぞ。」
沈黙。
やがて。
「ふっ……。」
エレノアは吹き出した。
「ははっ……。」
肩を震わせる。
「ははははは!」
笑いが止まらない。
「何がおかしい。」
「いや。」
笑いながら目尻をぬぐう。
「なんでも願いを叶える?」
「そうじゃ。」
「冗談きついぜ。」
エレノアはツボニールの顔を指差した。
「俺も大概、醜女だが。」
「お前も相当ひどい顔してる。」
「娼夫だって、俺たちみたいなのを相手にするのは苦労するぞ。」
ツボニールは真顔で聞いている。
エレノアは指を一本立てた。
「いいか。」
「俺の願いは一つ。」
少しだけ目を伏せる。
「男がほしい。」
その声だけは、どこか弱かった。
「俺だけを愛してくれる男。」
焚き火を見つめる。
「仕事から帰ったら、そいつが家で待ってる。」
少し笑う。
「一緒に飯を食って。」
「くだらない話をして。」
「夫婦になる。」
荒野の夜風が吹いた。
ツボニールは静かに頷く。
「よかろう。」
鼻息荒く身を乗り出した。
「では、男をあてがってやろう。」
「…………は?」
エレノアは失笑した。
「まずは自分のことを何とかしろ。」
「その顔で恋愛相談なんて笑わせる。」
「何を言う。」
ツボニールは胸を張る。
「妾は結婚しておるぞ。」
「…………。」
空気が止まる。
「……は?」
「証拠じゃ。」
懐から一枚の写真を取り出す。
そこには。
黒髪黒目の青年。
紋付羽織袴。
そして白無垢姿のツボニール。
二人並んで笑っていた。
「…………。」
「…………。」
「う、嘘だろォォォ!?」
エレノアは思わず立ち上がった。
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