第46話 奇跡を起こす天使(エンジェル)
荒野を切り裂き、四頭の馬が爆走していた。
先頭のパイクの前には、連れ去られた圭介。
その後ろをダッチ、テルマ、ルイーズの三騎が猛スピードで追従する。
教会に程近い、半壊したクロックタワーの屋上。
影がひとつ。
ジャンゴだった。
重厚なボルトアクション・ライフルを構え、銃口を遠くの乾いた砂煙に向ける。
スコープの円内に、疾走する四頭が捉えられた。
(……ケースケが前に乗っているな)
ジャンゴの金色の瞳が、スッと細くなる。
狙いを直後に走る女──ダッチへと切り替えた。
呼吸が止まる。
世界から音が消える。
引き金にかけた指が、わずかに沈んだ。
――パンッ!!
乾いた大音響。
一瞬遅れて、ダッチの体が馬上で大きく跳ねた。
「がっ……!?」
腹を押さえるダッチ。
指の隙間から、ドクドクと鮮血が噴き出す。
跳ね上がった赤い飛沫が、馬のたてがみを汚した。
「ダッチ!?」
テルマが叫ぶ。
「狙撃……! どこから!?」
ルイーズが振り返る。
はるか後方の屋上。
ゆらめく陽炎の中に立つ、一瞬の閃光。
「あの女狐か……」
ダッチは血みどろの口端を吊り上げ、ニタリと笑った。
「……上等だ。」
「こんなところで死ねるかよ」
ゴボッと口から血の塊が零れ落ちる。
「帰ったら……酒だ」
「傷口に、たっぷりと飲ませてやる……ッ」
強がりの作り笑い。
だが、その顔色は急速に土気色へと変わっていった。
一時間後。アジトの木製テーブル。
血塗れのダッチがドスンと上に寝かされた。
パイクは迷わず、ナイフでダッチのシャツを切り裂く。
腹から背中へ。
大口径弾が完全に貫通していた。
開いた肉の穴から、暗赤色の血が止まることなく溢れ出す。
「しくじったぜ……パイク……」
息も絶え絶えのダッチ。
顔は完全にチアノーゼを起こしていた。
「貫通だ」
「背中側も酷い……!」
「駄目だ、血が止まらねぇ……っ!」
テルマが泣き叫ぶ。
ルイーズもボロボロと涙を溢れさせた。
ダッチは霞む目で笑う。
「泣くな……」
「まだ死んじゃいねぇ」
「……」
「酒くらい……飲ませろ」
「うるせえ!」
パイクが血まみれの顔で怒鳴りつけた。
「喋るな! 」
「死にたいのか」
怒声と、荒い息遣い。
修羅場を幾度もくぐり抜けてきた、長年の相棒ゆえの絆。
パイクは震える手で縫合用の針と糸を構えるが、溢れ出る血が視界を遮り、手元を狂わせる。
「くそっ……! 止まれ、血が……っ!」
「代わって」
静かな声だった。
全員の視線が、一斉に圭介へ集まる。
「無理だ! 」
「腹をぶち抜かれてんだぞ!?」
圭介は答えなかった。
そっと、ダッチの血塗れの腹部に両手を置く。
──すうっ。
淡い、聖なるような光が、圭介の手のひらから溢れ出した。
噴き出していた血が、ぴたりと止まる。
裂けた肉が蠢き、骨が繋がり、皮膚が引き合わされていく。
ほんの数秒。跡形もなく傷口が塞がった。
圧倒的な沈黙。
誰も言葉を発することができない。
ダッチだけが、奇跡的に色を取り戻した目をゆっくりと開けた。
「……酒」
「傷が……!」
テルマが叫ぶ。
「塞がった……!? 嘘でしょ!?」
ルイーズが絶句する。
パイクは血に濡れた自分の手と、平然としている圭介を交互に見つめた。
「……お前」
「……」
「天使か……?」
荒野の凶悪犯たちが、ただただ呆然と圭介を見つめていた。
生き拾ったダッチは、深い吐息と共にそのまま静かな眠りについた。
それから少しして。
ダッチをベッドへ運んだパイクたちは、さっきまで血まみれだったテーブルを拭き、バーボンのボトルを置いた。
四つのグラス。琥珀色の液体がなみなみと注がれる。
パイクがグラスを持ち上げた。
「飲め。今日は祝いだ」
「……」
「ダッチが生き残った」
「僕は飲めないよ。」
「そうか」
パイクは一人でグラスを煽り、喉を鳴らした。
「昔は……七人いた」
ぽつり、と酒臭い息を吐き出す。
「今は四人。」
「減る一方だ」
「これから、どうするの?」
圭介が尋ねる。
「少し旅をする」
「「家に帰る!」」
ハモるテルマとルイーズ。
「あいつの怪我が治るまでは、休業だな」
パイクが奥のベッドで寝息を立てるダッチを見た。
「で……僕は?」
「俺らと家に帰る」
「強盗は手伝えないよ」
「だろうな」
パイクは自嘲気味に微笑んだ。
「ただ一緒に暮らす。……それだけだ」
「「新婚生活ー!」」
獣人姉妹が冷やかすように声を揃える。
「まあ、諦めて今日は寝ろ。」
「寝室はそこだ」
パイクが顎で部屋の奥のドアを示した。
「家には帰れない」
「……」
「諦めろ」
圭介は小さくため息をつき、示された部屋へと歩き出す。
その背中に向けて、パイクがぽつりと呟いた。
「……礼を言う」
圭介が足を止める。
「ダッチを助けてくれた」
一拍。
パイクは愛用の帽子を深くかぶり直し、ニヤリと不敵に笑った。
「もうお前は──仲間だ」
「仲間!」
「家族!」
はしゃぐテルマとルイーズ。
だが、圭介だけは笑えなかった。
(違う……)
押し殺した感情。
(帰りたい……。エレノアのところへ……)
窓の外には、冷たい月。
部屋に響く、悪党たちの賑やかな笑い声。
その真ん中で一人だけ、圭介は静かに、固く拳を握り締めた。
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