表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
49/52

第46話 奇跡を起こす天使(エンジェル)

 荒野を切り裂き、四頭の馬が爆走していた。


 先頭のパイクの前には、連れ去られた圭介。

 その後ろをダッチ、テルマ、ルイーズの三騎が猛スピードで追従する。


 教会に程近い、半壊したクロックタワーの屋上。

 影がひとつ。


 ジャンゴだった。


 重厚なボルトアクション・ライフルを構え、銃口を遠くの乾いた砂煙に向ける。


 スコープの円内に、疾走する四頭が捉えられた。


(……ケースケが前に乗っているな)


 ジャンゴの金色の瞳が、スッと細くなる。


 狙いを直後に走る女──ダッチへと切り替えた。


 呼吸が止まる。


 世界から音が消える。


 引き金にかけた指が、わずかに沈んだ。


 ――パンッ!!


 乾いた大音響。


 一瞬遅れて、ダッチの体が馬上で大きく跳ねた。


「がっ……!?」


 腹を押さえるダッチ。


 指の隙間から、ドクドクと鮮血が噴き出す。


 跳ね上がった赤い飛沫が、馬のたてがみを汚した。


「ダッチ!?」


 テルマが叫ぶ。


「狙撃……! どこから!?」


 ルイーズが振り返る。


 はるか後方の屋上。

 

 ゆらめく陽炎の中に立つ、一瞬の閃光。


「あの女狐か……」


 ダッチは血みどろの口端を吊り上げ、ニタリと笑った。


「……上等だ。」


「こんなところで死ねるかよ」


 ゴボッと口から血の塊が零れ落ちる。


「帰ったら……酒だ」


「傷口に、たっぷりと飲ませてやる……ッ」


 強がりの作り笑い。

 

 だが、その顔色は急速に土気色へと変わっていった。



 一時間後。アジトの木製テーブル。


 血塗れのダッチがドスンと上に寝かされた。

 パイクは迷わず、ナイフでダッチのシャツを切り裂く。


 腹から背中へ。


 大口径弾が完全に貫通していた。


 開いた肉の穴から、暗赤色の血が止まることなく溢れ出す。


「しくじったぜ……パイク……」


 息も絶え絶えのダッチ。


 顔は完全にチアノーゼを起こしていた。


「貫通だ」


「背中側も酷い……!」


「駄目だ、血が止まらねぇ……っ!」


 テルマが泣き叫ぶ。

 

 ルイーズもボロボロと涙を溢れさせた。


 ダッチは霞む目で笑う。


「泣くな……」


「まだ死んじゃいねぇ」


「……」


「酒くらい……飲ませろ」


「うるせえ!」


 パイクが血まみれの顔で怒鳴りつけた。


「喋るな! 」


「死にたいのか」



 怒声と、荒い息遣い。

 修羅場を幾度もくぐり抜けてきた、長年の相棒ゆえの絆。


 パイクは震える手で縫合用の針と糸を構えるが、溢れ出る血が視界を遮り、手元を狂わせる。


「くそっ……! 止まれ、血が……っ!」


「代わって」


 静かな声だった。


 全員の視線が、一斉に圭介へ集まる。


「無理だ! 」


「腹をぶち抜かれてんだぞ!?」


 圭介は答えなかった。

 そっと、ダッチの血塗れの腹部に両手を置く。


 ──すうっ。


 淡い、聖なるような光が、圭介の手のひらから溢れ出した。


 噴き出していた血が、ぴたりと止まる。


 裂けた肉が蠢き、骨が繋がり、皮膚が引き合わされていく。


 ほんの数秒。跡形もなく傷口が塞がった。


 圧倒的な沈黙。


 誰も言葉を発することができない。



 ダッチだけが、奇跡的に色を取り戻した目をゆっくりと開けた。


「……酒」


「傷が……!」


 テルマが叫ぶ。


「塞がった……!? 嘘でしょ!?」


 ルイーズが絶句する。


 パイクは血に濡れた自分の手と、平然としている圭介を交互に見つめた。


「……お前」


「……」


天使エンジェルか……?」


 荒野の凶悪犯たちが、ただただ呆然と圭介を見つめていた。

 生き拾ったダッチは、深い吐息と共にそのまま静かな眠りについた。



 それから少しして。


 ダッチをベッドへ運んだパイクたちは、さっきまで血まみれだったテーブルを拭き、バーボンのボトルを置いた。


 四つのグラス。琥珀色の液体がなみなみと注がれる。


 パイクがグラスを持ち上げた。


「飲め。今日は祝いだ」


「……」


「ダッチが生き残った」


「僕は飲めないよ。」


「そうか」


 パイクは一人でグラスを煽り、喉を鳴らした。


「昔は……七人いた」


 ぽつり、と酒臭い息を吐き出す。


「今は四人。」


「減る一方だ」


「これから、どうするの?」


 圭介が尋ねる。


「少し旅をする」


「「家に帰る!」」


 ハモるテルマとルイーズ。


「あいつの怪我が治るまでは、休業だな」


 パイクが奥のベッドで寝息を立てるダッチを見た。


「で……僕は?」


「俺らと家に帰る」


「強盗は手伝えないよ」


「だろうな」


 パイクは自嘲気味に微笑んだ。


「ただ一緒に暮らす。……それだけだ」


「「新婚生活ー!」」


 獣人姉妹が冷やかすように声を揃える。


「まあ、諦めて今日は寝ろ。」


「寝室はそこだ」


 パイクが顎で部屋の奥のドアを示した。


「家には帰れない」


「……」


「諦めろ」


 圭介は小さくため息をつき、示された部屋へと歩き出す。


 その背中に向けて、パイクがぽつりと呟いた。


「……礼を言う」


 圭介が足を止める。


「ダッチを助けてくれた」


 一拍。

 パイクは愛用の帽子を深くかぶり直し、ニヤリと不敵に笑った。


「もうお前は──仲間だ」


「仲間!」


「家族!」


 はしゃぐテルマとルイーズ。

 だが、圭介だけは笑えなかった。


(違う……)


 押し殺した感情。


(帰りたい……。エレノアのところへ……)


 窓の外には、冷たい月。


 部屋に響く、悪党たちの賑やかな笑い声。


 その真ん中で一人だけ、圭介は静かに、固く拳を握り締めた。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ