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第43話 人生の折り返し

 四頭の馬が、朝靄の街をゆっくり進む。


 つばの広い軍帽。


 オリーブ色の軍服。


 脚にはゲートル。


 背にはレバーアクションライフル。


 腰には最新式のオートマチック拳銃。


 まるで演習帰りの軍人だった。


 道行く人々が軽く会釈をする。


 先頭の女は、帽子のつばに指をかける。


「どうも。」


 自然な笑み。


 誰一人として疑わない。


 その女こそ、西部最悪の賞金首――パイクだった。


 後ろから、能天気な声が飛ぶ。


「これが終わったらケースケ迎えに行くんだ!」


 テルマが尻尾をぶんぶん振る。


「それな!」


 ルイーズも元気よく頷く。


「俺らも、そろそろ身を固めねえとな!」


 ダッチが肩をすくめた。


「……お前ら。」


「ほんとは何歳なんだ?」


 テルマが空を見上げる。


「えーっと……。」


「戦争が終わった時、十四だったよな?」


「あっ。」


 ルイーズも指を折る。


「獣人奴隷解放戦争が終わって十年。」


「だから……。」


「二十!」


「二十!」


 二人は声を揃えた。


「「結婚適齢期!」」


 ダッチとパイクが顔を見合わせる。


(いや。)


(どう数えても二十四だ。)


 ダッチは吹き出した。


「四年、どこ行った。」


「戦争で飛んだ。」


「飛ぶな。」


 四人の間に笑いが広がる。


 やがて笑いが落ち着くと、パイクがぽつりと呟いた。


「二十七か。」


 帽子のつばを少し下げる。


「この国の平均寿命は五十八。」


「辺境じゃ五十まで生きれば長生きだ。」


 ダッチも苦笑した。


「私ら、人生の折り返しは、とっくに過ぎてる。」


「あと十年。」


「長くても十五年。」


「そんなもんだな。」


 少しだけ沈黙が流れる。


 その空気を壊したのは、もちろんテルマだった。


「ケースケと結婚したら百年幸せ!」


「長生きする!」


「する!」


 ダッチは腹を抱えて笑う。


 パイクもつられて笑った。


「そうだな。」


「……そうならいい。」


 その笑顔だけが、


 どこか寂しかった。


 ダッチがぽつりと漏らす。


「普通の女だったら。」


「今頃ゃ子どもの一人くらいいたかもな。」


 パイクは少しだけ目を伏せる。


「……かもな。」


 風が吹く。


 帽子のつばが揺れる。


 余計なことを考えるな。


 今日は仕事だ。


 四人は馬を降りた。


 手綱をヒッチングポストへ結ぶ。


 視線の先には――


 エル・パソス銀行。


 周囲を見回す。


 新聞売り。


 靴磨き。


 荷馬車の御者。


 ベンチで新聞を読む老人。


 何気ない街並みに紛れる仲間たちが、それぞれ小さく頷いた。


 準備完了。


 パイクは銀行の窓ガラスを見る。


 そこに映るのは、


 軍服。


 拳銃。


 ライフル。


 そして賞金首の女。


「……似合いすぎだ。」


 自嘲気味に笑う。


 ほんの一瞬だけ。


 黒髪の青年が笑っていた。


 朝食の匂い。


 他愛ない会話。


 静かな食卓。


 そんな景色が頭をよぎる。


「……。」


 帽子を深くかぶり直す。


 余計な夢を見るな。


 私たちは、


 そういう人間じゃない。


 パイクは静かに踵を返した。


「行くぞ。」


 四人が銀行へ向かって歩き出す。


 その足取りに迷いはなかった。




 向かいの建物、二階。


 窓際。


 双眼鏡をゆっくり下ろす。


 エレノアだった。


「あいつだ。」


「パイク。」


 隣ではジャンゴが壁にもたれ、窓の外を眺めている。


 獣人の金色の瞳が細くなる。


「……ダッチもいる。」


「獣人姉妹も。」


「全員そろってるな。」


 エレノアは双眼鏡を畳く。


「保安官には知らせた。」


「来るか?」


「知らん。」


 ジャンゴが鼻で笑う。


「来なくても困らん。」


 ライフルを肩へ担ぐ。


「賞金は四人分だ。」


「独り占めできる。」


 エレノアも小さく笑った。


「欲張りだな。」


「賞金稼ぎだからな。」


 静かに二人は窓から身を引いた。


 銀行。


 重い扉が開く。


 軍服姿の四人が入ってくる。


 行内は静かだった。


 銀行員が笑顔で近づく。


「本日は――」


 言葉は最後まで続かなかった。


 パイクの拳銃が先だった。


「ああ。」


「金庫を開けろ。」


 空気が凍る。


 ダッチも拳銃を抜く。


 テルマ。


 ルイーズ。


 ほぼ同時だった。


「騒ぐな。」


 誰も動けない。


 パイクは短く指示を飛ばす。


「金庫。」


 ダッチ。


「客。」


 テルマ。


「入口。」


 ルイーズ。


「裏口。」


「五分。」


「了解。」


 返事も一瞬。


 四人が散る。


 迷いがない。


 何十回。


 いや。


 何百回。


 同じことを繰り返してきた者たちの動きだった。


 銀行員の震える手が鍵を回す。


 重い金庫の扉が開く。


 札束。


 金貨。


 ダッチが袋を放る。


「詰めろ。」


 パイクは無言で金貨を流し込んだ。


 その時だった。


 テルマが窓の外を見る。


「……ん?」


 双眼鏡。


 二階。


 誰かがこちらを見ている。


「誰かいる。」


 ダッチが振り返る。


「どこだ。」


「あそこ。」


 パイクもゆっくり視線を向ける。


 外。


 道路。


 屋根。


 路地。


 一瞬で確認する。


 自分たちの見張りが路上から小さく合図を送る。


 異常なし。


 パイクは首を振る。


「いや。」


「異常はある。」


 口元だけが笑う。


「エレノアだ。」


「それと狐。」


 ダッチも笑った。


「待ち伏せか。」


「上等。」


 パイクは金貨袋を肩に担ぐ。


「数は少ない。」


「なら問題ない。」


 向かいの建物。


 屋上。


 エレノアはライフルを構える。


 照準の先には銀行の玄関。


 ジャンゴは伏せたまま周囲を見渡す。


「まだだ。」


 静かに言う。


「……。」


「一人。」


 銀行の前。


「二人。」


 路地。


「三人。」


 荷馬車の陰。


「四人。」


「見張りだ。」


 エレノアが頷く。


「外にもいる。」


「逃がさない。」


 ジャンゴが息を吐く。


「全員出るまで待て。」


「袋を持った瞬間。」


「そこが一番遅い。」


 エレノアが微笑む。


「欲張るな。」


「一人でも十分だ。」


「違う。」


 ジャンゴは銃床を肩へ押し当てた。


「四人まとめてだから価値がある。」


 沈黙。


 朝日が屋根を照らす。


 風が吹く。


 銀行の扉が――


 ゆっくり開いた。


 エレノアの指が引き金にかかる。


「……狩りの時間だ。」

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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