第39話 一枚の写真と、賞金首たちの恋
街で一番古い写真館。
木造の建物の中には薬品の匂いが漂い、壁には数え切れないほどの家族写真や結婚写真が飾られている。
その中央。
一脚の椅子。
そこへ座らされた圭介は、すでに諦め顔だった。
そして、その周りを囲む四人の女。
「アウトレイジ・バンチ」
誰が見ても異様な光景だった。
「じゃあ撮りますよー!」
写真師が黒い布を頭から被る。
「皆さん、笑ってください!」
テルマが勢いよく親指を立てる。
「任せろ!」
ルイーズも負けじと笑う。
「歯ァ全部見せる!」
ダッチは酒瓶を片手に肩を組む。
パイクだけは腕を組んだまま静かに立っていた。
「はい、いきますよ。」
閃光。
バシュッ。
白い蒸気が勢いよく噴き上がる。
「結構です!」
「おおー!」
テルマが拍手する。
「次はお二人ずつ撮ります。」
写真師が言うと、
テルマとルイーズが同時に手を挙げた。
「俺!」
「私!」
「一緒!」
「順番です。」
「じゃあ私から!」
テルマは圭介の腕を抱き寄せる。
満面の笑み。
まるで恋人そのものだった。
「次!」
ルイーズも飛び込む。
「ケースケ!」
「逃げんな!」
「逃げません!」
「まだ!」
「まだ?」
「そのうち!」
「何がですか!」
写真館に笑い声が響く。
続いてダッチ。
「じゃあ俺も。」
「お願いします。」
写真師が笑う。
「せっかくですから、お好きなポーズで。」
「そうか。」
ダッチは悪戯っぽく笑うと、圭介の肩を抱いた。
そのまま腰へ手を回す。
顔を近づける。
あと少しで唇が触れそうな距離。
「これで。」
「えぇ……。」
完全に諦めた圭介は肩を落とす。
「もう好きにしてください。」
ダッチが吹き出す。
「本気にするぞ?」
「しません。」
「即答か。」
また閃光。
バシュッ。
写真が一枚増えた。
それを見たテルマとルイーズが騒ぎ出す。
「ずるい!」
「俺たちも!」
「撮り直し!」
「もっと近く!」
ルイーズは圭介の腰へ腕を回した。
「えへへ。」
「……。」
さらに手が下がる。
「ちょ、ちょっと!」
「お尻触らないでください!」
「いいじゃん。」
「減らない。」
「減ります。」
「何が?」
「精神です!」
写真師まで吹き出した。
ダッチは腹を抱えて笑う。
「はははは!」
「お前ほんと面白ぇ!」
その横で。
パイクの肩も小さく震えた。
「……ふっ。」
声にならない笑い。
(こんなに笑ったのは、いつ以来だ。)
自然と目が圭介へ向く。
(不思議な男だ。)
(誰といても空気が柔らかくなる。)
ダッチがその視線に気付く。
「パイク。」
「次、お前。」
「私はいい。」
即答だった。
「いいから。」
「私は写らん。」
「なんで?」
「必要ない。」
テルマが頬を膨らませる。
「ノリ悪い!」
ルイーズも頷く。
「そうだ!」
ダッチは静かに言った。
「照れてんのか?」
「違う。」
「なら撮れ。」
「断る。」
少しだけ沈黙が流れる。
圭介はパイクを見る。
その表情はいつもの無表情だった。
だが、どこか寂しそうだった。
(……。)
(自分なんか。)
そんな言葉が聞こえた気がした。
圭介は立ち上がる。
ゆっくりパイクの前まで歩いた。
「ヴィクトリアさん。」
「?」
「一緒に撮ってください。」
パイクは目を瞬かせる。
「……私と?」
「はい。」
「でも。」
「俺みたいなのと写っても。」
「言いましたよ。」
圭介は笑う。
「映画女優みたいだって。」
「ペネロペ・クルスみたいだって。」
「僕は。」
「あなたと写真を撮りたいんです。」
その一言。
胸が。
ドクン、と鳴った。
(……なんだ。)
(この感覚。)
(撃たれたみたいだ。)
パイクは何度も銃弾をかいくぐってきた。
だが、
こんな鼓動は知らない。
頭を掻く。
「……参ったな。」
小さく笑う。
「そこまで言われちゃ断れねぇ。」
後ろへ回ろうとした、その時。
ダッチが口を開く。
「違う。」
テルマも。
「男が誘ったんだ。」
ルイーズも。
「恥かかせんな。」
三人が同時に言う。
「抱け。」
「「抱け。」」
パイクは固まった。
「……。」
「私は。」
「いい。」
圭介は一歩近付く。
そっとパイクの手を取る。
驚くほど冷たい手だった。
「もっと。」
「自分に自信を持って!」
優しく引き寄せる。
パイクの身体が自然と胸へ寄る。
「――!」
耳まで熱くなる。
(なんだ。)
(なんなんだ。)
(この男。)
(なんで。)
(こんなに安心する。)
薬品の匂い。
革の匂い。
そして。
圭介から漂う、どこか懐かしい優しい香り。
思考が止まる。
「撮りますよー!」
閃光。
バシュッ。
その瞬間だけ。
パイクは何も考えられなかった。
写真館を出る頃。
ダッチが現像された写真を眺める。
「お。」
「いい写真だ。」
テルマが覗き込む。
「完全に恋人!」
ルイーズも笑う。
「結婚写真!」
パイクは無言で写真を受け取る。
そこには。
少し照れた自分と。
穏やかに笑う圭介。
あと少し顔を寄せれば、
口づけをしているようにも見える一枚だった。
しばらく見つめる。
ダッチが横から覗く。
「……その顔。」
「久しぶりに見た。」
「何が。」
「女の顔。」
パイクは一瞬だけ黙る。
写真を胸ポケットへしまった。
「……知らん。」
「重症だな。」
「うるさい。」
それ以上は言わなかった。
別れ際。
パイクは一つの包みを圭介へ差し出す。
「家で開けろ。」
「今じゃなく。」
「家で。」
「はい。」
「約束です。」
「また会おう。」
「え?」
「……いや。」
「また会う。」
「そんな気がする。」
圭介は笑った。
「はい。」
「また。」
手を振りながら去っていく。
その背中を、
四人は黙って見送った。
姿が小さくなる。
やがて見えなくなった頃。
パイクが煙草を一本くわえる。
火は点けない。
静かに言う。
「テルマ。」
「ルイーズ。」
「ん?」
「んー?」
「後をつけろ。」
「住んでる場所。」
「一緒にいる女。」
「全部調べろ。」
テルマがニヤリと笑う。
「了解。」
ルイーズも犬歯を見せる。
「任せろ。」
「もう。」
「ケースケは。」
「「私たちの男だからな。」」
ダッチは肩をすくめ、苦笑した。
「男、ねぇ。」
横目でパイクを見る。
「……お前。」
「惚れたか?」
パイクは答えない。
ただ、胸ポケットの写真にそっと触れる。
その指先だけが、
ほんの少し震えていた。
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