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第36話 天使を拾ったコヨーテ姉妹と、荒野の女王――アウト・レイジ・バンチとの遭遇

「怪我はありませんか?」


 圭介はそう言って。


 いつものように。


 何の疑いもなく。


 優しい笑顔を向けた。


 その瞬間。


 コヨーテ姉妹の時間が止まった。


 テルマ。


 ルイーズ。


 二人の青い瞳が大きく開く。


(……)


(……)


(やばい)


(やばい)


(やばい)


 二人の頭の中で警報が鳴り響く。


 獣人だから。


 嫌われる。


 避けられる。


 石を投げられる。


 それが当たり前だった。


 なのに。


 目の前の男は。


 自分たちを見て。


 ただ心配している。


「ねえ……ブラザー」


 テルマが小声で言う。


「ん?」


「……あんた」


「天使でしょ?」


 圭介。


「え?」


 ルイーズが真顔で頷く。


「うん」


「間違いない」


「天使だ」


「いや、僕は人間ですけど」


 二人は聞いていない。


「毎晩さ」


 テルマが遠い目をする。


「寝る前に祈ってたんだ」


「いつか」


「俺達の前に、いい男が現れますようにって」


 ルイーズも続く。


「俺も」


「カッコよくて」


「優しくて」


「料理とかできて」


「差別しなくて」


「そんな男が欲しいって」


 そして。


 二人は圭介を見る。


「「来てくれたんだね」」


 満面の笑顔。


 圭介。


 固まる。


「……」


「違う……と思います」


 助けたことを。


 ほんの少しだけ。


 後悔した瞬間だった。


「ねえ、ブラザー」


 テルマが圭介の腕を掴む。


「今からどっか行こうぜ」


「え?」


「教会に戻らないと」


 圭介が言うと。


 テルマは満面の笑み。


「いいじゃねえか」


「そのまま式を挙げよう」


「え?」


 圭介の思考が停止する。


 ルイーズが拳を握る。


「さすが姉貴!」


「話が早い!」


「手間が省けるぜ!」


「もちろん俺もだよな?」


「当然だろ」


 テルマが胸を張る。


「俺達の天使だからな」


「「俺達の天使!」」


 ハモる二人。


 圭介。


「……」


「えっと」


「教会では」


「重婚はできません」


 沈黙。


 コヨーテ姉妹。


 顔を見合わせる。


「……」


「できるよ」


 テルマ。


「できるよ」


 ルイーズ。


「いや、できません」


 圭介。


 テルマは腕を組む。


「世の中な」


「気合と根性で何とかなるんだよ」


 ルイーズが頷く。


「さすが姉貴」


「大体の問題は酒飲めば解決するからな」


「美味い飯食って」


「酒飲んで」


「笑ってれば」


「人生だいたいハッピーだ」


「それな」


 圭介。


 真顔。


「……」


「そんな感情の勢いだけでは制度は変わりません」


 二人。


「「なんだそりゃ」」


 顔を見合わせる。


 テルマが嬉しそうに言う。


「俺達の亭主」


「インテリだぜ」


 ルイーズが首を傾げる。


「インテリってなんだ?」


「頭いい奴って意味」


「なるほど」


「つまり」


「俺達の旦那は賢い」


「最高じゃねえか」


 圭介。


「……」


 嫌な予感しかしない。


「じゃあさ」


 ルイーズが言う。


「そのままハネムーンだな」


「え?」


「メヒクトリのカンコン」


 テルマが遠い目。


「青い海」


「白い砂浜」


「浴びるほど酒飲んで」


 ルイーズがニヤリ。


「その後は……」


 テルマ。


「……」


 ルイーズ。


「……」


 二人。


「しっぽり」


「しっぽり」


 ふふふふふ。


 不気味な笑顔。


 圭介。


 一歩下がる。


(まずい)


(なんだろう)


(命の危険とは別の危険を感じる)


「オールナイトだぜ」


「オールナイト」


「いい響きだな」


 圭介。


「……」


 これは。


 逃げるべきだ。


「えっと」


「僕はそろそろ――」


 その時。


「まあ待てよ」


 テルマが笑う。


「こう見えても俺達」


「淑女なんだぜ」


 ルイーズも胸を張る。


「そうだぞ」


「礼儀はある」


「撃つ前には一応、名乗る」


 圭介。


「そこですか?」


 その瞬間。


 背後から声が響いた。


「おい」


「探したぞ」


 低い声。


 空気が変わった。


 コヨーテ姉妹の笑顔が消える。


 二人とも。


 反射的に銃へ手を伸ばす。


 圭介が振り返る。


 そこには。


 二人の女。


 空気が変わる。


 コヨーテ姉妹の表情が変わる。


 さっきまでの陽気な顔。


 その奥にある。


 ガンマンの顔。


 圭介が振り返る。



 そこにいたのは。



 二人の女。


 一人目。


 太陽に焼かれた褐色の肌。


 艶やかなダークブラウンの髪。


 ヒスパニック系の彫りの深い顔立ち。


 長い睫毛。


 鋭い眼差し。


 すっと通った鼻筋。


 近寄りがたいほどの美貌。


 黒いロングコート。


 その隙間から覗く、大きな胸と鍛え抜かれた身体。


 そして。


 圧倒的な存在感。


 パトリシア・“パイク”・ビショップ。


 アウト・レイジ・バンチ。


 そのリーダー。




 隣に立つ女。


 小麦色の肌。


 ふっくらとした唇。


 ラテン系の美しい顔。


 しなやかに引き締まった身体。


 豪快な笑み。


 アニエス・“ダッチ”・ボルグ。


 副頭領。


 

 パイクは圭介を見る。


 鋭い目。


 だが。


 ほんの一瞬。


 その瞳が揺れた。


「……」


「男?」


 ダッチが笑う。


「しかも」


「獣人姉妹の隣にいるぞ」


 テルマが胸を張る。


「そうだ」


「俺達の天使だ」


 ルイーズも頷く。


「未来の旦那だ」


 圭介。


「違います」


 即答。


 パイク。


「……」


 ダッチ。


「……」


 二人は顔を見合わせる。


 そして。


 パイクは小さく笑った。


「面白いな」


「お前」


 その瞬間。


 圭介はまだ知らなかった。


 この女が。


 自分を奪い合うことになる。


 もう一人のヒロインだということを。


 荒野の風が吹く。


 アウトレイジ・バンチ。


 そして。


 黒髪の青年。


 運命の歯車が。


 静かに回り始めた。

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