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第35話 天使を拾ったコヨーテ姉妹――獣人ガンスリンガー、恋に落ちる。

 翌朝。


 ロス・パソス教会。


 いつもの穏やかな朝とは、少し違っていた。


「ケースケくん」


 執務室で書類を整理していた圭介に、ミリアムは声をかける。


「少ししたら、出かけるわ」


 振り返った圭介は、思わず目を瞬いた。


 いつもの修道服ではない。


 黒いロングコート。


 動きやすいスラックス。


 首元を覆うウィンプル。


 そして――


 普段の柔らかな笑顔とは違う、鋭い目。


 まるで別人だった。


「……何かあるんですか?」


 圭介が尋ねる。


 ミリアムは少しだけ笑った。


「大したことじゃないわ」


「ただ……別のお仕事」


「別?」


「聞かなくていいこともあるのよ」


 そう言って、ミリアムは指を一本立てる。


「いいこと」


「エレノアが迎えに来るまで」


「絶対に教会から出ないこと」


「今日は、誰も来ないから」


「わかりました」


 圭介は素直に頷いた。


 玄関まで見送る。


「お気をつけて」


 その言葉に、ミリアムは少し驚いた顔をした。


 そして。


「……男の人に見送ってもらえるって」


「意外と悪くないわね」


 冗談めかして笑う。


「じゃあ、行ってくるわ」


 そう言って、ミリアムは街の闇へ消えていった。


 その直後だった。


「おい!」


「テイル・ワガー!!」


 教会裏から、荒々しい声が響く。


 圭介は眉をひそめた。


「……嫌な予感しかしない」




 ◇




 少し前。


 ロス・パソスの大通り。


 そこを歩く二人の獣人がいた。


 淡い黄褐色の毛並み。


 ピンと立った耳。


 大きく揺れる尻尾。


 青い瞳。


 太陽みたいな笑顔。


 コヨーテ獣人。


 テルマ・コヨーテ。


 そして。


 ルイーズ・コヨーテ。


 二人は姉妹だった。


 腰には二丁拳銃。


 カウボーイハット。


 革のコート。


 ブーツ。


 見た目だけなら、一流ガンマン。


 だが――


「なあ姉貴」


 妹のルイーズが周囲を見る。


「なんかさ」


「俺たち、めちゃくちゃ見られてね?」


 テルマは胸を張る。


「ああ」


「そりゃ決まってるだろ」


「俺達がカッコいいからだ」


 ビシッ。


 指を立てる。


「時代は獣人だ」


「ついに俺たちの時代が来たんだ」


「さすが姉貴!」


 ルイーズは感動したように頷く。


 ……実際は違った。


 周囲の視線。


 それは好奇ではなく。


 嫌悪。


 恐怖。


 差別。


 しかし。


 この姉妹は気にしない。


 気付いていない。


 いや。


 気付いていても。


 笑っていた。


「まあ、いいじゃねえか」


「笑ってる奴が最後に勝つんだ」


 テルマが笑う。


 その時。


「おい」


 背後から声。


「テイル・ワガー」


 獣人への蔑称。


 テルマとルイーズは顔を見合わせる。


 ニヤリ。


(姉貴)


(来たな)


 二人は同時に振り返った。


「俺達のことか?」


「違うならいいんだけどな」


 そこには五人のカウガール。


 体格のいい女たちだった。


「くせぇな」


「獣臭がするぜ」


「ここはお前らみたいなのが来る場所じゃねえ」


 周囲が静まり返る。


 普通なら。


 怯える場面。


 だが。


「へえ」


 テルマが笑う。


「帰らなかったら?」


 ルイーズも拳を鳴らす。


「やるってこと?」


 二人の笑顔。


 それは楽しんでいる笑顔だった。


「お前ら……」


 カウガールが棍棒を構える。


「痛い目見せてやる」


 その瞬間。


「やめてください!」


 大声。


 全員が振り返る。


 そこにいたのは。


 黒髪の青年。


 チェニック姿。


 教会のブラザー。


 圭介だった。


「暴力は駄目です」


「しかもここは教会の裏ですよ」


「見過ごせません」


 カウガールたちが固まる。


「……ブラザー」


「こいつら獣人だぞ?」


 圭介は首を横に振る。


「関係ありません」


「困っている人を助けるのが、教会の仕事です」


 テルマ。


 ルイーズ。


 目を見開く。


(男)


(ヒューマンの男)


(しかも)


(俺たちを庇った)


 二人は顔を見合わせる。


 そして。


「姉貴」


「ああ」


「来たな」


「何が?」


「運命だ」


 二人の目が輝く。


「ついに俺達の時代が来たぜ!」


 テルマが拳を握る。


「神様ありがとう!」


 ルイーズも涙ぐむ。


 圭介。


 完全に置いていかれていた。


「……え?」


「彼女たちに手を出すのはやめてください」


 圭介は改めて言う。


 するとカウガールたちは。


「……」


「……」


 顔を赤くする。


「あー」


「その」


「ブラザーに嫌われたくねえし」


「それに……」


「この前のジェシカとの飲み比べ」


「見てたんだよ」


「ファンになっちまった」


 圭介は安心したように笑う。


「分かっていただけましたか」


 そして。


 一人一人の手を握る。


「ありがとうございます」


「皆さん、素敵な淑女です」


 ――撃沈。


「……」


「……」


「……」


 カウガールたちは完全に戦意を失った。


「帰るぞ」


「ああ」


「今日はいい日だ」


 去っていく。


 圭介はため息をついた。


「よかった……」


 そして振り返る。


「怪我はありませんか?」


 その瞬間。


 コヨーテ姉妹。


 完全停止。


(やばい)


(やばい)


(やばい)


 テルマが震える。


「ねえ……ブラザー」


「はい?」


「あんた」


「天使?」


 圭介。


 困る。


「違います」


 しかし。


 ルイーズが真顔で言う。


「いや」


「天使だ」


「俺たちさ」


 テルマが遠い目をする。


「毎晩祈ってたんだ」


「優しい男が欲しいって」


「俺も」


 ルイーズが頷く。


 二人で。


「「来てくれたんだね」」


 圭介。


 沈黙。


「……違うと思います」


 助けたことを。


 ほんの少しだけ。


 後悔した。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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