第33話 花火より、君が綺麗だった。
陽気なフィドルの音色が、祭りの広場を包み込む。
ラインダンスはまだ終わらない。
笑い声。
手拍子。
ブーツが石畳を鳴らす軽快な音。
圭介も、少しぎこちないながら笑っていた。
そのときだった。
「私もいいかしら」
背後から、穏やかな声が届く。
二人が振り返る。
「シスター」
ミリアムだった。
柔らかな微笑みを浮かべている。
「少しだけ、一緒に踊っても?」
圭介は迷わず頷いた。
「うん」
「ありがとう」
ミリアムが輪へ加わる。
右へ。
左へ。
くるりと回る。
軽快なリズムに合わせ、二人は笑顔でステップを踏む。
ミリアムは横目で圭介を見る。
(……優しい人)
失敗しても笑う。
相手を急かさない。
自然と手を差し伸べる。
(だから、好きになったのね)
胸が少しだけ痛む。
それでも。
(今日くらい)
(少しだけ)
(この時間をもらってもいいわよね)
音楽に身を委ねる。
思わず笑みがこぼれた。
「ほんとはね」
踊りながら、小さく呟く。
「エルが羨ましい」
一拍。
「……いいえ」
自分で首を振る。
「少し悔しい、かな」
圭介が静かに耳を傾ける。
ミリアムはふっと笑った。
「でも」
「エル」
「すごく幸せそう」
その笑顔を思い浮かべる。
「だから」
「応援してるわ」
その言葉に嘘はなかった。
◇
一方、その様子を少し離れた場所から見つめる女が一人。
エレノアだった。
腕を組む。
頬をぷくっと膨らませる。
「……」
面白くない。
実に面白くない。
圭介がその視線に気付く。
「あ……」
エレノアはぷいっと顔を逸らした。
「エル?」
「知らねぇ」
「怒ってる?」
「別に」
別に、と言った時点で別ではない。
圭介は苦笑した。
その様子を見たミリアムも、小さく笑う。
「ふふ」
◇
やがて演奏が変わる。
軽快なリズムが静まり、ゆったりとしたクラシック・カントリーが流れ始めた。
司会者が声を張る。
「さあ、チークタイムだ!」
あちこちで恋人たちが向かい合う。
手を取り合い。
ゆっくりと揺れる。
ミリアムも圭介へ手を差し出した。
「最後に、一曲だけ」
圭介は頷く。
二人は静かにステップを踏む。
近い。
互いの体温が伝わる距離。
ミリアムはそっと笑い、圭介の耳元で囁いた。
「……あんまり一緒にいると」
ちらりとエレノアを見る。
「エルが嫉妬しちゃうもの」
圭介もつられて笑う。
「そうかも」
「でしょう?」
曲が終わる。
ミリアムは一歩下がった。
「楽しかったわ」
「ありがとう」
「こちらこそ」
そのままエレノアの前まで歩いていく。
「少しだけ、借りたわ」
エレノアは帽子を少し上げた。
「シスター」
「何?」
「五分」
「え?」
「五分貸した」
ミリアムがきょとんとする。
「だから」
「昼飯」
「……うん?」
「奢れよ」
一瞬の沈黙。
そして。
「ふふっ」
ミリアムは肩を震わせて笑った。
「いいわよ」
「約束ね」
そう言い残し、祭りの人混みへと消えていく。
その後ろ姿を見送りながら、エレノアは小さく息を吐いた。
「……」
ため息一つ。
「ほんと」
「調子狂うぜ」
敵になりきれない。
そんな相手だった。
◇
そのとき。
ドォン――。
夜空に大輪の花が咲いた。
歓声が上がる。
赤。
青。
金。
無数の光がロス・パソスの空を染めていく。
二人は肩を並べて空を見上げた。
ぱらぱらと光の粒が夜空から降り注ぐ。
儚く。
美しく。
エレノアはその光景を瞳に映した。
(来年も)
(その先も)
(こいつと)
ずっと。
隣で見られたら。
そう願わずにはいられなかった。
「エル」
「ん?」
圭介が横顔を見つめている。
「綺麗だ」
「?」
エレノアは首を傾げる。
圭介は優しく笑った。
「花火じゃない」
「エルが」
――ドン。
夜空に咲いた光が、一瞬だけエレノアを照らす。
頬が真っ赤に染まる。
「……ばか」
小さく呟き、帽子のつばを下ろして俯いた。
照れ隠しは、もう隠しきれない。
花火の音だけが、二人の間を優しく埋めていく。
しばらく沈黙が続いたあと、圭介が口を開いた。
「また来ようよ」
エレノアは夜空を見上げたまま頷く。
「ああ」
「来年も」
「ああ」
「その次も」
「もちろんだ」
圭介が手を差し出す。
「約束」
エレノアはその手を強く握り返した。
「約束だ」
二人の指が絡む。
夜空には、また新しい花火が咲く。
まるで未来を祝福するように。
その光は束の間だった。
だからこそ、美しかった。
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