第30話 世界が色づく朝
月明かりが、静かにベッドを照らしていた。
一糸まとわぬ体。
エレノアは耳まで真っ赤にし、俯いていた。
「あんまり、見ないでくれ……」
恥ずかしさに耐えかね、シーツを引っ張り上げようとする。
圭介がその手を優しく止めた。
「きれいだ」
「……っ」
圭介の手が、エレノアの豊かで美しい双丘に触れる。
「んっ……」
小さな甘い声が漏れた。
吸い寄せられるように、二人は唇を重ねた。
「あのさ。僕、初めてなんだ」
「……俺もだ」
エレノアが優しく微笑む。
二人の体と心が、ゆっくりと、一つに重なった。
深夜。
枕を並べ、見つめ合う。
互いの瞳に映るのは、愛おしさに満ちた優しい眼差し。
「あ、あのさ……俺たち、もう……」
確かめるように、エレノアが囁く。
「うん…恋人だね」
「……っ」
エレノアは一瞬言葉をためて、照れくさそうに呟いた。
「……好きだ」
「うん」
圭介が唇を重ねる。
エレノアは躊躇いながらも、ずっと胸に秘めていた言葉を口にした。
「そ、そのさ……俺と……」
「ん?」
「所帯を、持ってくれないか……?」
しんと静まり返る部屋。
「いつか」
「……っ」
「落ち着いたらね」
「そこは即答じゃねえのかよ……」
エレノアが拗ねたように唇を尖らせる。
圭介はくすりと笑い、またキスをした。
「しばらくは、この関係を楽しみたいんだ」
「ええっ……俺、もう二十八だぞ?」
「いいんだよ。僕がいた世界じゃ、二十八なんてまだまだ若いんだから」
「そうか……」
エレノアの口元が自然と綻ぶ。
だが次の瞬間、急に表情をキッと引き締めた。
「それと」
「なに?」
「他の女を見るなよ」
鋭い視線。けれど、そこにはもうあの痛々しい焦りはない。
「うん」
圭介は微笑み、エレノアの体を強く抱きしめた。
こうして、朝を迎えた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、静かに部屋を照らしている。
隣では、圭介が穏やかな寝息を立てて眠っていた。
その寝顔を見つめながら、エレノアは思わず頬を緩める。
(……本当に、隣にいるんだな)
昨日までなら考えられなかった。
孤独だけが当たり前だった自分の人生。
酒で夜を紛らわせ、危険な仕事を繰り返すだけの日々。
それが一夜にして、こんなにも変わるとは思わなかった。
窓の外では鳥たちがさえずり、朝の澄んだ空気が部屋へ流れ込んでくる。
どこからかパンの香りも漂ってきた。
いつもと変わらない朝。
それなのに――。
世界が、鮮やかだった。
朝日が美しい。
鳥の声が心地いい。
冷たい風さえ愛おしい。
(こんなにも世界は綺麗だったのか)
自然と胸が熱くなる。
いつか、この男と。
そして、その先の未来を歩いていけたら。
そんな想像をするだけで、胸いっぱいに幸せが広がっていく。
そのとき、ベッドの上で圭介が小さく身じろぎした。
「……お、おはよう」
まだ眠たそうな声。
エレノアはくすっと笑う。
「ああ、おはよう」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
照れくさそうに目を逸らした圭介へ、エレノアはそっと顔を寄せる。
額が触れそうなほど近い距離。
「おはようの代わりだ」
そう言って、軽く唇を重ねた。
「……反則だよ、それ」
真っ赤になった圭介を見て、エレノアは楽しそうに笑う。
「ふふっ」
その笑顔は、これまで誰にも見せたことのない柔らかなものだった。
◇ ◇ ◇
身支度を終えた二人は、いつものように馬へ乗る。
ただ一つ違うのは、自然と重なった手だった。
恋人繋ぎのまま手綱を握るエレノアの口元は、朝から緩みっぱなしである。
昨日までの険しい表情はどこへやら。
街を歩く女性たちは、二人を見てひそひそと囁く。
「あの男の子……」
「やっぱりウエストウッドと一緒なのね。」
羨望とも嫉妬ともつかない視線が向けられる。
以前なら気になっていた。
だが、今は違う。
(好きに見ろ)
そんな視線すら心地よかった。
胸の奥には、満たされた幸福感だけがある。
やがて教会へ到着する。
入口では、ミリアムがいつものように待っていた。
「おはようございます、ケースケ――」
言葉の途中で、彼女は二人の空気の変化に気付く。
目が合うだけで微笑み合う。
自然に寄り添う距離。
昨日までとは明らかに違う。
エレノアは穏やかな笑みを浮かべた。
「昨日は、いろいろ誤解があったみたいだな。」
「……ええ」
ミリアムは一瞬だけ目を伏せる。
(何かあったのね……)
そう悟るしかなかった。
エレノアは圭介へ向き直る。
「じゃあ、また迎えに来るからな。」
「うん。行ってらっしゃい。」
柔らかな笑顔で返す圭介。
その笑顔を一度だけ目に焼き付けると、エレノアは満足そうに頷いた。
「ああ。仕事、頑張れよ。」
踵を返し、朝日に照らされた石畳を軽やかな足取りで歩いていく。
その背中は昨日までよりも少しだけ軽く、どこか誇らしげだった。
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