第27話 終わりゆくアウトローたち
ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。
鉄の塊が吐き出す黒煙が、鉛色の空へと吸い込まれていく。
激しく揺れる蒸気機関車の客車内。
向かい合って座る二人の大悪党の顔を、西部の乾いた斜陽が赤黒く照らし出していた。
一人は、太陽に過酷なまでに焼かれた褐色肌。
艶のある美しいダークブラウンの豊かな髪。
彫りの深いヒスパニック系の顔立ちに、長い睫毛、そしてすべてを見透かすような鋭い眼差し。
すっと通った完璧な鼻筋。
皮のロングコートの隙間から覗くのは、暴力的なまでの巨乳と、数多の戦場をくぐり抜けてきた鋼の筋肉。
この美醜逆転の世界において「最高峰の醜女」と蔑まれる、西部最凶の強盗団『アウトレイジ・バンチ』の頭領──パトリシア・“パイク”・ビショップ。
そしてその対面に座り、退屈そうにコルトのシリンダーを回しているのは、相棒のダッチだ。
小麦色の肌に、ふっくらとした肉厚な唇。
ラテン系の彫りの深い美貌と、引き締まったしなやかな肢体。
この荒野では「凄まじいブス」の烙印を押されている副頭領──アニエス・“ダッチ”・ボルグ。
「なあ、パイク。」
「俺たち、いつまでこんな生活を続けるんだ?」
ダッチがバーボンの小瓶をラッパ飲みし、低い声で問いかけた。
少しの間。
車輪がレールを叩く音だけが、虚しく響く。
「……知ってるか、ダッチ」
「なんだよ」
「東部の方じゃあな、人間が空を飛んで旅行する時代が来てるらしいぜ」
「はあ? 何言ってんだ。」
「人間に羽でも生えるのかよ」
「いや、飛行機械って名の、鉄の乗り物だそうだ」
「ふーん……いいな。」
「そいつは面白そうだ。いっぺん乗ってみたいねえ」
ダッチは笑ったが、その瞳には、あぶれ者特有の、冷たい諦念が濁っていた。
時代は変わる。
国家は近代化され、自分たちのような「暴力しか能のない旧時代の遺物」を、システムの歯車が圧殺しようとしている。
「そろそろ、潮時だな」
パイクは窓の外の地平線を見つめ、静かに呟いた。
「俺たちの時代は、もう終わる」
「弱気だな。」
「まあ、今回の仕事でまとまった大金が入ったらさ、どっかの街でサルーンでも開くか。それとも南大陸へ下って、のんびり農場でも経営するさ」
ダッチは陽気に笑ってみせる。
だがパイクは、(いや、お前みたいな大雑把な手練れじゃ、店も農場も速攻で破産するだろ)と心の中で毒づいた。
同時に、(まあ、それは俺も同じか)と乾いたため息をつく。
自分たちには、銃を抜き、金を奪い、硝煙の中を駆け抜ける──そんな不器用な生き方しか残されていないのだ。
パイクは膝の上の新聞を開いた。
西部の三流ゴシップ紙だ。
その片隅の小さな記事に、彼女の鋭い瞳が止まる。
「……ダッチ。この記事を見ろ」
「あん? ロス・パソスのサルーン『エル・ドラド』で大飲み比べ対決……? 」
「西部一の酒豪『ジェシカ』対、謎の東洋人の青年?」
「ああ。中身が奮ってるぜ。」
「その東洋人の男がな、自分のパートナーである女の名誉を傷つけられたって怒って、女のために決闘を申し込んだそうだ」
「はあ!?」
「男が女のために決闘を!?」
ダッチがバーボンを吹き出しそうになりながら笑った。
男が女に守られ、庇護されるのが絶対のこの世界だ。
男が女を庇って命を賭けるなど、おとぎ話でもあり得ない。
「結果は、その黒髪黒目の東洋人の青年が、樽ごとのバーボンを飲み干して完全勝利。酒場は大喝采の嵐、だとよ」
「こりゃあ完璧なガセネタだな」
パイクは鼻で笑い、新聞をクシャリと丸めた。
「男が女の名誉のために戦うなど、正気の沙汰じゃねえ。一体どんな狂った男だ」
「でもさ、パイク」
ダッチは顎をさすり、金の瞳を妖しく光らせた。
「もし本当にそんな男がいるなら、俺、いっぺん会ってみたいぜ? 」
「もしかしたらさ、俺たちみたいな荒くれ者の『超ドブス』でも、その風変わりな男なら、優しく微笑んでくれるかもしれないだろ?」
「ハッ。あるわけねえだろ、そんな奇跡」
クールに言い放つパイク。
しかし、その胸の奥で、なぜか奇妙な胸騒ぎがトクトクと脈打っていた。
「……まあいい。」
「ちょうど次の仕事の目的地は、そのロス・パソスだ。」
「嫌でもそのサローンの前は通る」
パイクは懐中時計を確認し、パチンと蓋を閉めた。
「よし、そろそろ時間だ」
キィィィィィィィーーーッッ!!!
凄まじい金属音を立てて、蒸気機関車が急ブレーキをかけた。
鉄路の先は、不自然に遮断された行き止まり。
機関室で、額に汗を浮かべた女機関士が慌てふためく。
「おかしいわ! 電信の指示だと、このルートであってるはずなのに……!」
彼女の視線の先──線路のど真ん中に、数頭の馬にまたがった、重武装の女たちが立ち塞がっていた。
機関士が銃を抜こうとした、まさにその瞬間。
背後の石炭車両から、バンダナで目元以外を隠した二つの影が飛び出してきた。
「動くな。」
「脳天をぶち抜かれたくなければな」
パイクの低い、氷のような声。
うなじに突きつけられた冷たい銃口。
ダッチが手際よく機関士の腕を縛り上げ、床へと転がす。
「よし、仕掛けろ!!」
パイクの合図と共に、線路脇から手下たちが飛び出した。
列車の4両目──連邦政府の金が積まれた装甲車両の扉に、手際よくダイナマイトがセットされる。
導火線に火が走る。
──ドオォォォォォンッ!!!
凄まじい爆音と共に爆炎が夜空を焦がし、引き裂かれた車両から、大量の紙札と火の粉が文字通り「雨」となって荒野に舞い散った。
「じゃあ──いただくとするか」
煙の中から現れたのは、馬に乗った5人の凄腕のガンスリンガーたち。
『アウトレイジ・バンチ』の精鋭どもだ。
彼女たちはパイクと目配せを交わすと、手際よく金庫の奥から金貨と大容量のドル札の袋を引っ張り出した。
「ロス・パソスへ向かうぞ! 遅れるな!」
パイクの鋭い号令と共に、馬たちの激しいいななきが荒野に響き渡る。
近代化の象徴である列車を派手に破壊し、大金を強奪した旧時代のあぶれ者たちは、夜の闇の先──圭介が待つ運命の街へと、疾風のごとく消え去っていくのだった。
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