第26話 死神の過保護な束縛と、冷酷聖女のウエディング計画
木製のテーブルを彩るのは、焼き立てのパン、真っ赤なトマトスープ、そして表面をカリッと香ばしく焼き上げられた、肉汁あふれるジューシーなチキンソテーだ。
ある日の夕食。
いつもの二人きりの食卓に、今日はとある『醜女』が同席していた。銀縁眼鏡の奥の瞳をクールに光らせた聖職者――ミリアム・クリフである。
「すみません。」
「シスターが来てくださると分かっていたら、もう少し手の込んだものにしたんですけど……」
申し訳なさそうにスープを運ぶ圭介は、キッチンからリビングへ戻るなり、じとーっとした目でエレノアを睨んだ。
「先に言ってよ、エル。」
「急に言われても、おもてなしの準備ができないじゃないか」
「あ、いや……すまん。」
「忘れていたわけじゃないんだが……」
いつもなら荒野の悪党どもを恐怖させる『死神』エレノアが、圭介に叱られた子供のように気まずそうに目を泳がせ、首をすくめる。
そんな二人のやり取りを、ミリアムはナイフとフォークを優雅に使ってチキンを切り分けながら、ふっと薄い唇を綻ばせた。
(あらあら……まるで。いや、もう完全に新婚夫婦ね)
上品に肉を咀嚼し、ごくりと飲み込んだミリアムが、静かに微笑む。
「いいのよ、ケースケ。」
「とっても美味しいわ。」
「これほど素晴らしい料理、東部のホテルでも食べたことがないくらいよ」
「だろ!」
褒められた瞬間、自分のことのようにエレノアがドヤ顔で胸を張り、エール(ビール)を一気に飲み干した。鼻息も荒い。
「本当に……エルが羨ましいわね」
ミリアムはポツリと呟き、エキゾチックな瞳で圭介をじっと見つめた。
「ちなみにケースケ、うちの教会では、神職でも結婚できますからね。」
「どうかしら、私と一緒に教会を守っていきませんか?」
「ぶっっっ!!!!???」
エールをおかわりしようとしていたエレノアが、盛大にむせて吹き出した。
顔を真っ赤にしてテーブルを叩く。
「おいミリアム!! 」
「話が違うだろ!!」
「ふふ、冗談よ」
イタズラっぽく小悪魔的に微笑むミリアム。
だが、その瞳の奥の光は決して完全に冗談とも言い切れない妖しさを孕んでいた。
「そ、その、どういう意味でしょうか……?」
純粋な圭介が首を傾げると、ミリアムは居住まいを正して優しく微笑みかけた。
「ケースケ、うちの教会で働いてみませんか?」
「事務や裏方の仕事が人手不足で困っているのよ」
「えっ、いいの!?」
圭介はパッと目を輝かせ、すぐに隣のエレノアの顔を窺った。
エレノアは腕を組み、難しそうな顔をしながらも、小さくコクンと頷いた。
「ああ。ミリアムのところなら、安全だからな。」
「許可する」
嬉しそうに笑う圭介。
だが彼は知らない。
この許可を勝ち取るために、数日前にエレノアがミリアムの執務室で、どれほどみっともないほどの「独占欲」を爆発させていたかを――。
──数日前の午前。教会のシスター執務室。
冷徹な聖女ミリアムの前に、エレノアはドカッと椅子に座り、真剣な面持ちで交渉を切り出していた。
「ミリアム。この前の話だが……」
「ケースケを、お前の教会で働かせてやってくれ。あいつ、どうしても仕事がしたいと聞かなくてな」
「あら、いいのですか? エル。」
「あんな極上の男を外に出すなんて、他の飢えたアマどもに襲われる危険性がありますよ?」
「だから条件だ!」
エレノアは身を乗り出し、机をバンと叩いた。
「毎日はダメだ。」
「二日に一回」
「いや」
「三日に一回くらいにしてくれ!」
「 それと、絶対に泊まり込みはさせない!」
「 毎朝、俺があいつを仕事場まで送る!」
「そして、帰宅時間になったら、俺が必ず職場の入り口まで迎えに行く!」
「 これが絶対条件だ!」
「…………」
ミリアムは銀縁眼鏡を押し上げ、深いため息をついた。呆れ果てた眼差し。
「エル……」
「そんな過保護な条件」
「勝手に決めたと知られたら、一発で嫌われて大喧嘩になりますよ?」
「うるさい! だめなものはだめだ!」
「 何かあったらどうするんだ! 」
「ただでさえ、髪も肌も綺麗で、ここじゃ目立ちまくってるんだぞ! 」
「悪い虫がついたらどうする!」
「はいはい、ストップ」
ミリアムが大きく広げた手を、ピタッと静止させた。その声は氷のように落ち着いている。
「働くのはこちらから大歓迎よ。」
「でも、勤務条件は『彼』と直接話し合って決めます。」
「特に勤務時間ね。……」
「それと、日曜日のミサには必ず来てもらうわ」
「なっ……あいつは異教徒だぞ!?」
「違うわ。」
「信仰を『まだ持ってない』だけ」
ミリアムはニヤリと冷酷かつ妖艶に微笑んだ。
「まあ、最初は裏方の仕事だからいいわ。」
「でもね、エル。」
「そう遠くないうちに、彼には改宗してもらうわよ」
「なんでそこまで……」
「正論を言っているのよ」
「 でないと、あなたたちが将来、結婚する時の『神の祝福』が受けられないわ。」
婚姻。結婚。祝福。
その言葉がエレノアの脳内に直撃した瞬間、彼女が、耳の裏まで真っ赤に染まった。
(あ、あいつと二人で……)
(教会で……っ!?)
途端に、エレノアの脳内で都合の良い妄想が始まった。
──厳かなパイプオルガンの音が響く大聖堂。
そこには、黒い上質なスーツに身を包んだ、息を呑むほど端正な圭介の姿が。
放置すれば誰もが奪い合おうとする最高に尊い青年が、今は真っ直ぐに自分だけを見つめている。
そして対面するのは、純白のウェディングドレスをまとい、ベールを被ったエレノア自身。
二人の前には、祭服を着たミリアムが聖書を掲げている。
『――では、夫婦の誓いの証として、誓いの口づけを』
圭介が優しい手つきで、ゆっくりとエレノアのベールをまくり上げる。
恥ずかしそうに顔を赤らめるエレノア。
(ああ……ついに。)
(ついに俺たち)
(本物の夫婦に……っ!)
見つめ合う二人。
徐々に近づく互いの顔。
そして、二人の唇が甘く重なろうとした
――その刹那。
「――聞いてますか、エル!!」
パチンッ! とミリアムが目の前で指を鳴らし、エレノアは激しく現実に引き戻された。
「あ、あ、ああ! 」
「聞いてる、聞いてるっ!」
「ですから、改宗しないと教会としては夫婦として認められませんし」
「結婚証明書も出せませんからね。」
「わかったかしら?」
ミリアムはピシャリと言い放つ。
「あ、ああ……じゃあ、仕方ねえか。」
「改宗は認めよう……。」
「でも、毎日の勤務だけは絶対に無しだからな!」
(やれやれ……恐ろしい独占欲ね。)
(そんなに束縛がきついと、いつか嫌われるわよ?)
ミリアムは内心で眉をひそめたが、恋に狂っている死神に何を言っても無駄だと悟り、あえてそれ以上は口に出さなかった。
「――というわけだから、ケースケ。明日からの勤務、楽しみにしているわね」
現実の食卓に戻り、ミリアムは圭介に向けて優雅に微笑んだ。
「はい! 精一杯頑張ります!」
嬉しそうに微笑む圭介の横で
エレノアは「明日からは毎朝送り迎えだな……」とフンスと鼻息を荒くしている。
こうして、圭介はミリアムのいる教会で働くことになった。
しかし、それが新たな『ヤバい女たち』を引き寄せる呼び水となり、エレノアとの平穏な生活を揺るがす、怒涛の抗争へのカウントダウンになるとは――この時の二人は、まだ知る由もなかったのである。
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