第24話 同じ皿のフライドチキン
トントンとリズミカルな足音が消え、キッチンから運ばれてきた大皿が、木製テーブルへとドンと置かれた。
そこにあったのは、こんがりと黄金色に焼き上がったパン、湯気の立つスープ、そして――。
「おい、これ……フライドチキンか?」
「…………」
エレノアが碧眼を丸くし、ジャンゴは無言のまま視線を鋭く落とした。
大皿に山盛りにされたソレは、フライドチキンというよりも、日本の『から揚げ』に近い。
絶妙な衣をまとい、暴力的なまでにジューシーな肉汁の匂いを放っている。
だが、その配置が問題だった。
ジャンゴの席の前には、骨がゴツゴツと突き出た『骨付き肉』。
エレノアの前には、綺麗に整形された『骨無し肉』。
(……チッ。まあ、飯が出るだけマシか)
ジャンゴは皮肉な笑みを浮かべ、ゆっくりと椅子に腰掛けた。
この西部の荒野において、骨付きの鶏肉は深い意味を持つ。
かつて南部の大農場主が柔らかい骨無しの肉を貪り、残ったクズ同然の骨付き肉を、獣人奴隷たちに「家畜の餌」として与えていた
──屈辱の歴史の象徴だ。
しかし、そんな二人の重苦しい空気など、現代日本人の圭介には関係ない。
「はい、エレノア。ジャンゴも、たくさん食べてね」
トングを器用に使い、圭介は二人の皿へカラアゲを取り分けた。
ジャンゴの皿へ、骨無し肉。エレノアの皿へ、骨付き肉。
二人とも、骨付きと骨無しの両方が均等に盛られる。
「──ッ!?」
ジャンゴの狐耳がピクンと直立した。
「おい、ケースケ。お前たち“ヒューマン”も、骨付き肉を食べるのか?」
「えっ? うん、食べるよ?」
「ケースケ、お前……南部料理も知っているのか?」
エレノアも戸惑う中、圭介はコトッとスープ皿を置きながらニコリと微笑んだ。
「ううん、これうちの母さんの秘伝レシピだよ。」
「よく作ってくれたんだ」
「お前の母親……?」
ジャンゴは、目の前の少年の顔をまじまじと見つめた。
まさか、東部の華やかな街から来たようなこの少年も、自分たちと同じ「虐げられた側の血」を引いているというのか。
「よく分かんないけど、お肉って骨が付いてる周りが一番美味しいでしょ?」
「 今日は仕入れられなかったけど、手羽先なんて最高だよ。」
「甘辛いタレで『テリヤキ』にするんだ」
(テリヤキ……? あの悪魔の食べ物みたいな部位を食べるのかよ、この男……)
ジャンゴが脳内でパニックを起こす中、圭介はちょこんと椅子に座り、両手を合わせた。
「さあ、冷めないうちに食べてみてよ!」
「 いただきます」
異世界の奇妙な祈りの仕草につられるように、エレノアとジャンゴもぎこちなく手を合わせる。
そして、サクッと狐の牙が肉を裂いた。
「──っ! 」
「ほんとだ、美味えじゃねえか!!」
エレノアが驚愕の声を上げる。
外側の衣はサクサクなのに、中は信じられないほど柔らかく、肉汁が口いっぱいに弾け飛ぶ。
「……ッ、美味い。」
「スパイスが効いてる。」
「これは……ニンニクと、ショウガか?」
ジャンゴも、長い尻尾を激しくバタバタと振らせながら肉を貪った。
骨の周りの肉をしゃぶるたびに、濃厚な旨味が脳髄を突き抜ける。
「ね? 骨が付いてるほうが、味が濃くて美味しいでしょ」
圭介は、ふふんと完璧なドヤ顔で胸を張った。
「ああ。間違いない。」
「お前が正しい、ケースケ」
骨をペッと吐き出しながら、エレノアが恍惚とした表情で頷く。
「お前……」
「本当に不思議なやつだな」
ジャンゴは指についた脂をペロリと舐め、とろけるような金の瞳で圭介に微笑みかけた。
「男のくせに、俺やエルみたいな人殺しに優しい」
「料理も洗濯も完璧で」
「礼儀正しくて、教養もある」
「おまけに、俺が獣人だからって、これっぽっちも差別しない」
ジャンゴは身を乗り出し、圭介の顔のすぐ近くまで耳を寄せた。
「なあ、お前、天使かよ?」
「えっ、あはは……ただの普通の人間だよ」
「エルみたいな『退屈なブス』に飽きたら、いつでも俺のところに来いよ。」
「一緒に旅をしようぜ。荒野の夕陽は綺麗だぞ。」
「ごほっ……!! ごほっ、ごほっ!!」
スープを飲んでいたエレノアが、盛大にフリーズして激しくむせた。
顔を真っ赤にして、ジャンゴを親の仇のように睨みつける。
だが、圭介はそんなジャンゴの誘いにも、ふふっと柔らかく笑い返した。
「ふふ、それも楽しそうだね。」
「……でも、僕はエレノアとのここでの生活が、すごく気に入ってるんだ。」
「ねっ」
圭介が、小首を傾げてエレノアの顔を覗き込む。
その瞬間、エレノアの脳内に、ツボニールの「お前が運命の相手だ」という言葉がフラッシュバックした。
「あ、あ、ああ……!」
「 も、もちろん、俺もだ……っ!」
エレノアの美しい顔面が、一瞬で茹でダコのように真っ赤に大爆発する。
あまりのウブさに、ジャンゴは呆れたように肩をすくめた。
「そうか」
ジャンゴは、小さく微笑んだ。
だが、その金色の瞳の奥に、ほんの少しだけ寂しげな悲哀がよぎる。
(羨ましいな。……)
(俺も、そんな風に誰かに選ばれてみたかったぜ)
「あ、そうだ! 二人とも、これ使ってみてよ」
ジャンゴの寂しげな空気を察知したのか、圭介がポケットから小さなガラスの小瓶を取り出した。
「何だそれ。……黄色い砂か?」
「『カレー粉』だよ」
圭介がカラアゲの上に、その黄色い粉をパラパラと振りかける。
その瞬間、リビングに、これまで西部の誰も嗅いだことがないような、強烈で、エキゾチックで、凶暴なまでに食欲をそそるスパイシーな香りが爆発した。
適度な塩気と、鼻に抜ける刺激。
ジャンゴが再びカラアゲに齧りつく。
「なんだよこれ……」
「めちゃくちゃ美味いじゃねえか!!」
「ケースケ! どこでこんな魔法の粉を手に入れたんだ!?」
エレノアも、我を忘れてカレーカラアゲを口に放り込む。
「ふふ、この前の雑貨屋でね。」
「ガラムマサラ、クミン、コリアンダー、カイエンペッパー、ターメリック……色々置いてあったから、僕が黄金比率で調合したんだ。」
「いいでしょ? 」
「病みつきになるでしょ?」
「「ああ!!」」
二人の最強ガンスリンガーの声が、完璧にハモった。
完全に胃袋を、現代日本のスパイス工学によって粉砕されている。
「どこの国のスパイスだ、これ!」
「うーん、東洋のインド……というか」
「こっちの地図で言うと、確か『インデラ』って地域かな?」
「どこだよ、それ!!聞いたこともねえ!!」
ジャンゴが尻尾をブンブンと振り回しながら叫ぶ。
大満足の食事を終え、グラスに残ったバーボンを飲み干したジャンゴが、ふぅと贅沢なため息をついた。
そして、何でもないことのように口を開く。
「ああ、そうだ。エル。」
「今日、ここに泊めてくれ」
「はあ!? 」
「断るに決まってるだろ、さっさと帰れ!」
「いいじゃねえか、ケチケチすんなよ。」
「ベッドはお前らが使え。」
「俺はそこの床で、シーツでも敷いて寝るからさ」
エレノアの顔が、ものすごく嫌そうに歪んだ。
(このドロボウ狐め……)
(さっきの俺たちの空気、見てただろ!? )
(俺は! 圭介と! 二人きりで甘い夜を過ごしたいんだよ!!)
エレノアが銃を抜きそうになった、その時。
「うん、いいよね。」
「床じゃ冷えるし、毛布多めに貸すからね、ジャンゴ」
圭介が、一点の曇りもない天使の微笑みでジャンゴの連泊を快諾してしまった。
「…………っ」
エレノアは、この世の終わりかというほど絶望的で、ものすごーーーく嫌そうな、引きつった顔のまま、愛しい旦那様の言葉に逆らえず、消え入るような声で絞り出した。
「あ、ああ……そうだな。」
「ケースケがそう言うなら、いいぞ……」
「決まりだな。ありがとよ。」
ジャンゴは、勝ったと言わ言わんばかりにニヤリと妖艶に笑ってみせた。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
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