第19話 酒豪決戦。そして夕焼けの帰り道。
丸テーブルの上へ、琥珀色の酒瓶が次々と並べられていく。
どん、と重たい音。
さらにショットグラスがずらりと並んだ。
店主イザベラが瓶のラベルを叩く。
「バーボン。」
「度数五十五。」
酒場中がどよめく。
「ルールは単純。」
「交互に飲み続ける。」
「先に潰れたほうが負け。」
ミリアムが付け加える。
「代理人を立てても構いません。」
「誰が出ますか?」
視線が圭介へ集まる。
「俺が出る。」
真っ先に立ち上がったのはエレノアだった。
しかし圭介がそっと腕を押さえる。
「ありがとう。」
「でも。」
「僕が出るよ。」
その笑顔に、エレノアは何も言えなくなる。
一方、ヘレンは鼻で笑った。
「ジェシカ。」
「お願い。」
「任せろ。」
人垣を割って現れたのは、二メートル近い巨体のカウガール。
腕は丸太。
肩幅は扉ほど。
酒場でも有名な酒豪だった。
「ジェシカだ!」
「あいつなら樽でも飲み干すぞ!」
歓声が上がる。
ヘレンは腕を組み、自信満々に笑った。
「先攻と後攻。」
「好きなほうを選びなさい。」
圭介は即答する。
「先攻で。」
「了解だ。」
すると酒場のあちこちで金貨や紙幣が飛び始めた。
「ジェシカに一ドル!」
「ケースケに三ドル!」
「俺は五ドル!」
即席の賭場が出来上がる。
イザベラがグラスへ酒を注いだ。
琥珀色の液体が揺れる。
圭介は軽く一礼してから、
ぐいっと飲み干した。
「……美味しい。」
その一言に笑いが起きる。
ジェシカも負けじと飲み干す。
一杯。
二杯。
五杯。
十杯。
十五杯。
二十杯。
二十三杯。
酒場が静まり返る。
誰も喋らない。
グラスだけが並んでいく。
ジェシカはまだ笑っていた。
「まだまだ。」
「こんなの水だ。」
対する圭介は相変わらず穏やかな顔だった。
「そうですね。」
「美味しいです。」
四十杯。
酒瓶が二本空になる。
三本目。
四本目。
エレノアは拳を握っていた。
(頼む。)
(無茶するな。)
ヘレンも余裕の笑みが消えている。
(……何なの。)
(この男。)
(全然酔わない。)
ジェシカは額から汗が流れ始めていた。
呼吸も荒い。
「まだ……だ。」
「まだ飲める。」
圭介は空になったショットグラスを見つめる。
「うーん。」
「少し時間がかかりますね。」
周囲が首を傾げる。
「もう少し大きいグラス、ありませんか?」
イザベラが笑ってジョッキを差し出した。
「これでどうだ?」
「ありがとうございます。」
圭介はジョッキへ酒を注ぎ、
ごく、ごく、ごく……
一気に飲み干した。
「…………。」
酒場が固まる。
「お、おい。」
「ジョッキだぞ。」
ジェシカは大笑いした。
「面白ぇ!」
「じゃあ私もだ!」
ジョッキを受け取る。
一気に飲み干す。
「っ!」
顔が真っ赤になる。
それでも意地で笑う。
「楽しく……なってきた。」
五本目。
六本目。
ジェシカの身体が左右に揺れ始めた。
ヘレンが唇を噛む。
(まずい。)
(完全に相手のペース。)
その時だった。
圭介が一本のボトルを持ち上げる。
「じゃあ。」
「そろそろ終わりにしましょう。」
栓を抜く。
そのまま瓶へ口を付けた。
ごく、ごく、ごく……
酒瓶の中身が見る間に減っていく。
「うおおおおっ!」
歓声が上がる。
圭介は半分ほど残した瓶をジェシカへ差し出した。
「無理はしないでください。」
「ショットでも構いませんから。」
その一言が逆に火を付けた。
「舐めるなぁぁぁ!」
ジェシカは瓶を奪う。
そのまま一気に飲み干した。
飲み切った。
……次の瞬間。
どさっ。
巨体が後ろへ倒れる。
「ジェシカ!」
ミリアムがすぐに駆け寄った。
脈を確認する。
「大丈夫。」
「酔いつぶれただけです。」
酒場中から大歓声が巻き起こった。
「すげぇ!」
「見たか!」
「東洋人やべぇ!」
「負けたぁ!」
笑いと拍手が止まらない。
ミリアムは圭介の腕を持ち上げた。
「勝者。」
「ケースケ。」
さらに拍手。
圭介は歓声ではなく、
ヘレンへ歩み寄る。
「お願いがあります。」
静かな声だった。
「僕じゃなく。」
「僕の大切な人に謝ってください。」
その言葉に、
エレノアの心臓が止まりそうになる。
(大切な……人。)
(俺が……?)
帽子を深くかぶる。
顔が熱い。
ヘレンは長く息を吐いた。
そして真っすぐエレノアを見る。
「……悪かったわ。」
「あなたを侮辱した。」
「取り消します。」
深々と頭を下げた。
圭介は微笑む。
「ありがとうございます。」
「やっぱり。」
「あなたは誇り高い女性ですね。」
「その姿、とても素敵です。」
ヘレンの頬が赤く染まる。
(ずるい。)
(負けたのに。)
(なんで褒めるのよ。)
唇を噛みしめ、
それでも笑った。
「ケースケ。」
「私は諦めない。」
「あなた、絶対に私のものにする。」
そう言い残し、
颯爽と酒場を去っていった。
夕焼けの荒野。
一頭の馬がゆっくり進む。
前には圭介。
後ろにはエレノア。
風が黒髪を揺らす。
「今日の勝負。」
「本当にヒヤヒヤしたぜ。」
「負けるかと思った。」
圭介は肩越しに振り返る。
「負けないよ。」
「だって。」
少し照れ笑いする。
「毒耐性があるから。」
「酔わないんだ。」
「…………は?」
エレノアが固まる。
「それって。」
「最初から分かってて?」
「うん。」
「ひどいな。」
「イカサマじゃねぇか。」
二人は顔を見合わせる。
そして同時に吹き出した。
「ははははは!」
笑い声が荒野へ響く。
ひとしきり笑ったあと、
圭介が何気なく尋ねる。
「そういえば。」
「三十歳手前って言われてたけど。」
「本当はいくつなの?」
エレノアは視線を泳がせた。
「……二十四。」
「永遠の。」
「……二十四。」
明らかに苦しい。
圭介は笑う。
「僕さ。」
「年上の人、好きなんだ。」
「四十歳でも全然大丈夫。」
間髪入れずにエレノアが叫ぶ。
「二十八歳です!」
「正直!」
「……ふふっ。」
「ははは!」
夕焼けの空へ、
二人の笑い声がいつまでも溶けていった。
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