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第18話 勝負は、酒を飲む前から始まっていた。

 サルーンの中央。


 酒場特有の喧騒が、不自然なほど静まり返っていた。


 店の真ん中には丸いテーブル。


 その上には、磨き上げられたグラスと酒瓶が並ぶ。


 周囲を囲むのは、鉱山労働者、カウガール、牧場主、男娼たち。


 いつの間にか酒場中の客が集まっていた。


 カウンターの奥から店主イザベラがゆっくり歩み出る。


 恰幅のいい身体。


 四角い顔には商売人らしい笑み。


 腹の底から響くような声で宣言した。


「これより――」


「ヘレン・キャンディ嬢と、ケースケ青年による決闘を開始する!」


 歓声が爆発した。


「おおおおおっ!」


「始まるぞ!」


「東洋の男が勝負だ!」


 イザベラは続ける。


「審判は、教会よりシスター・ミリアム!」


 静かに前へ出たミリアムが眼鏡を押し上げる。


「では、競技を決めましょう。」


 周囲を見回す。


「紳士相手に早撃ちはありません。」


「それでは決闘ではなく処刑になりますから。」


 酒場が笑いに包まれる。


「違ぇねぇ!」


「殺しちまう!」


「淑女のすることじゃねぇ!」


 筋骨隆々の女たちが豪快に笑った。


 ミリアムはヘレンへ視線を向ける。


「あなたも異論はありませんね?」


 ヘレンは余裕たっぷりに肩をすくめる。


「もちろん。」


「私は勝てれば何でもいいわ。」


 ミリアムはギャラリーへ向き直る。


「それでは何で勝負を?」


 あちこちから声が飛ぶ。


「早馬!」


「遠撃ち!」


「ポーカー!」


「腕相撲!」


「飲み比べ!」


 酒場が一気に盛り上がる。


 ミリアムは楽しそうに微笑んだ。


「でも――」


「ここはロス・パソス。」


「誇り高き辺境の淑女が集う街。」


「せっかくです。」


「東洋から来た紳士に、競技を選ばせる度量を見せませんか?」


 一拍。


「いいぜ!」


「それでこそロス・パソスだ!」


 歓声が上がる。


 ヘレンも肩をすくめて笑った。


「構わないわ。」


「好きに選ばせてあげる。」


 その一方で。


 エレノアだけは不安そうだった。


 小さく圭介の袖を引く。


「……今さらだけど。」


「無理しなくていい。」


「俺はあんなこと言われるの、慣れてる。」


 圭介は首を横に振った。


「僕は慣れてない。」


「慣れたくもない。」


 その一言だけで、エレノアの胸が締めつけられる。


(こいつ……。)


(本気で怒ってくれてる。)


 圭介は一歩前へ出た。


 胸に手を当てる。


 そして――


 深く、美しく一礼した。


 酒場が静まり返る。


 誰もこんな所作を見たことがなかった。


 まるで舞台役者。


 あるいは王侯貴族。


 静寂の中で圭介は微笑む。


「まず最初に。」


「この場を貸してくださった店主、イザベラさん。」


「ありがとうございます。」


「とても器の大きい、素敵な女性ですね。」


 イザベラの目が丸くなる。


(……え。)


 顔が一瞬で赤く染まった。


 酒場の客がどよめく。


「イザベラ照れてるぞ!」


「珍しい!」


 本人は咳払いしてごまかした。


「ば、馬鹿言え。」


「続けろ。」


 圭介は今度は客席へ向き直る。


「そして。」


「ここに集まってくださった皆さん。」


「ありがとうございます。」


「正直、とても緊張しています。」


 苦笑しながら続けた。


「でも。」


「皆さんの笑顔を見ていたら少し安心しました。」


「ありがとうございます。」


 酒場が静かになる。


 さっきまで笑っていた女たちが言葉を失っていた。


(こんな男……。)


(見たことない。)


 圭介は最後にヘレンを見る。


「ヘレンさん。」


「今日はよろしくお願いします。」


「こんな出会い方じゃなければ。」


「きっと普通にお話ししてみたい人でした。」


 ヘレンの呼吸が止まる。


(な……。)


(何よ、それ。)


(ずるいじゃない。)


 圭介は続けた。


「だから。」


「勝っても負けても。」


「お互い気持ちよく終われる勝負にしましょう。」


 ヘレンは返事ができなかった。


 取り巻きまで黙っている。


 そして圭介は振り返る。


 エレノアだけを見る。


「エル。」


「僕たちはバディだ。」


「だから。」


「一人で傷つかないで。」


「君が笑っているほうが、僕は嬉しい。」


 エレノアの思考が止まる。


(だめだ。)


(無理だ。)


(この男。)


(俺を殺しにきてる。)


 顔が真っ赤になる。


 帽子を深くかぶっても隠しきれない。


 酒場中がニヤニヤしていた。


「おい。」


「エレノアが照れてるぞ。」


「初めて見た!」


 笑いが起こる。


 最後に圭介はミリアムへ向き直る。


「そして。」


「審判を引き受けてくださったシスター・ミリアム。」


「ありがとうございます。」


「知的で、公平で。」


「皆さんから信頼されている理由がよく分かります。」


 ミリアムは眼鏡を押し上げたまま固まった。


(この子……。)


(本当に恐ろしい。)


(人の心を掴む才能がある。)


 静まり返った酒場を見回し、小さく笑う。


「……まだ勝負は始まっていません。」


 そう言ってから肩をすくめた。


「ですが。」


「空気は、すでに決まりましたね。」


 客席から笑いと拍手が起こる。


 ヘレンは周囲を見回し、ようやく気づいた。


 さっきまで自分を応援していた客たちが――


 いつの間にか、みんな圭介を見て笑っている。


(まずい。)


(このままじゃ。)


(完全に流れを持っていかれる。)


 圭介はテーブルの酒瓶へ視線を落とし、静かに言った。


「では。」


「競技は――」


 一拍置く。


「飲み比べ。」


 酒場が一瞬静まり返り――


 次の瞬間、歓声が天井を揺らした。


「いいぞぉぉぉ!」


「酒だ!」


「辺境らしい勝負だ!」


 エレノアだけが額を押さえる。


(……終わった。)


(こいつ。)


(酒だけは、とんでもなく強ぇんだった。)

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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