第16話 初めての街デート。――西部最強の女ガンマン、教会に恋人を奪われそうです。
ロス・パソス。
辺境最大の関門都市。
東へ伸びる鉄道。
西へ続く荒野。
牛追いたちの怒号。
駅へ向かう荷馬車。
酒場から流れる陽気な音楽。
そして――
水よりテキーラのほうが安い街。
連邦政府の法が届きにくい、フロンティア最前線だった。
そんな街へ向かう道。
エレノアは馬の手綱を握りながら、人生最大級の試練に耐えていた。
(近い。)
(近い近い近い。)
(心臓の音、聞こえてねぇよな。)
前には圭介。
同じ馬に二人乗り。
圭介の背中が、自分の胸へ触れるほど近い。
馬が揺れるたびに、
黒髪がふわりと揺れ、
ほのかに石鹸の香りが鼻をくすぐる。
(……落ち着け。)
(護衛だ。)
(これは護衛。)
(逢引じゃねぇ。)
そう何度も自分へ言い聞かせる。
しかし、
圭介が振り返った。
「エル。」
「ん?」
「街まで連れてきてくれてありがとう。」
にこっ。
その笑顔。
(うっ。)
(反則だろ……。)
胸を撃ち抜かれた。
(やめろ。)
(その笑顔。)
(心臓に悪い。)
街へ入る。
すると、
入口にいた女保安官が、
咥えていたタバコを落とした。
ぽとり。
「あ……。」
目を擦る。
もう一度見る。
「……は?」
その横では、
酒瓶を持った女が瓶を見つめ、
「俺……昼から飲みすぎたか?」
と首を傾げている。
荷車を押していた女性も、
足を止めた。
通りを歩く人々が、
一斉に振り返る。
「ブラック・エル……だよな?」
「あの西部一の醜女が?」
「男を連れてる……?」
「しかも……。」
「美形すぎる。」
街中がざわついた。
エレノアは帽子を深く被る。
(……だろうな。)
(俺だって信じられねぇ。)
西部一の醜女。
そう呼ばれてきた自分の隣に、
天使みたいな男が歩いているのだから。
一方の圭介は、
そんな空気など全く気づいていない。
「すごい……。」
目を輝かせながら街を見回す。
「あれ何?」
「雑貨屋。」
「あとで見たい!」
「ああ。」
「あっちは?」
「銀行。」
「へぇ。」
「あれは?」
「サルーン。」
「映画みたいだ。」
子どものように楽しそうだった。
そのたびに、
振り返って笑う。
「街って面白いね。」
(だからその笑顔はやめろ。)
(俺だけ見て笑え。)
思わずそんなことを考えてしまう。
(……何考えてんだ俺。)
自分で自分に呆れた。
そのときだった。
圭介の視線が、
通りの向こうで止まる。
「あれは?」
そこには豪華な建物。
入口には、
綺麗な服を着た細身の男たちが並び、
笑顔で客を迎えている。
「あ、あれは……。」
エレノアが固まる。
「何の店?」
「…………。」
(終わった。)
「エル?」
「い、いや。」
冷や汗が流れる。
「た、多分……その……。」
言葉が出ない。
「行ってみようか?」
「駄目だ!」
思わず叫んだ。
通行人が振り返る。
「あ。」
「いや、その……。」
「今日は教会へ行く日だからな!」
「そうなんだ。」
圭介は素直に頷いた。
(危ねぇ……。)
(危うく娼館デビューするとこだった。)
(絶対連れて行かねぇ。)
教会。
石造りの建物へ入ると、
シスター・ミリアムが微笑んだ。
「ようこそ。」
「待っていました。」
そのまま応接室へ案内される。
紅茶が運ばれた。
ミリアムは圭介を見る。
まるで面接官のような目だった。
「家の本を全部読んだそうね。」
「はい。」
「では質問。」
圭介は少し笑う。
「試験みたいですね。」
「ええ。」
「そんなものです。」
ミリアムは紅茶を口へ運ぶ。
「何が一番興味深かった?」
「歴史ですね。」
即答だった。
「疫病によって社会構造が変わったこと。」
「それで女性が働く社会になったこと。」
「奴隷制度が廃止された背景。」
「鉄道の整備。」
「中央政府が辺境を完全には統治できていないこと。」
淡々と話す。
ミリアムは驚きを隠せなかった。
(理解力が高い。)
(しかも整理して話せる。)
「学校は?」
「大学です。」
「でも病気で、ほとんど通えませんでした。」
(大学……。)
(やっぱり高等教育を受けてる。)
「聖書も?」
「読みました。」
「一神教なんですね。」
「興味深かったです。」
ミリアムは眼鏡を押し上げる。
(礼儀もある。)
(知識もある。)
(読み書きができる。)
(……欲しい。)
「ねえ。」
「教会で働かない?」
圭介が目を丸くする。
「え?」
「書記。」
「侍者。」
「事務。」
「全部できるでしょう?」
「ここ、人手不足なの。」
横からエレノアが立ち上がる。
「駄目だ。」
「なぜ?」
ミリアムは真顔。
「教会に住んでもらってもいいくらい。」
「神学校にも通わせる。」
「私が家庭教師になる。」
(住ませる!?)
エレノアの心がざわつく。
(毎朝"おはよう"って言うの俺なのに。)
(毎日飯食うのも俺なのに。)
(返せ。)
「エル?」
圭介が困ったように笑う。
「ありがたい話です。」
「でも……。」
ミリアムが身を乗り出す。
「でも?」
「今の生活が、とても気に入ってるんです。」
その一言。
エレノアの時間が止まる。
「……え。」
「毎日楽しいし。」
「エルといると安心するから。」
にこり。
(死ぬ。)
(もう無理。)
(心臓がもたねぇ。)
帽子を深く被る。
顔を隠さないと、
今にも真っ赤なのがばれてしまう。
ミリアムは二人を見比べ、
小さく笑った。
「そう。」
「なら、また来なさい。」
「教会はいつでも歓迎するわ。」
帰っていく二人を、
教会の窓から見送るミリアム。
並んで歩く背中。
どこから見ても、
恋人同士にしか見えなかった。
「……なるほど。」
眼鏡を押し上げる。
「あの子には、まだ秘密が多い。」
そして小さく微笑む。
「でも――」
「放っておいたら、辺境中の女が放っておかないわね。」
その予感は、
最悪の形で現実になることを、
まだ誰も知らなかった。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。




