第15話 『逢引』の一言で、西部最強の女ガンマンが壊れました。
朝。
エレノアが仕事へ向かうと、この家は静かな時間に包まれる。
「いってらっしゃい」
玄関で手を振る圭介に、
「ああ、留守番頼む」
ぶっきらぼうに返しながらも、エレノアの口元は自然と緩んでいた。
馬の蹄の音が遠ざかる。
それを見届けてから、圭介はいつものように袖をまくる。
「さて、今日も頑張ろう。」
まずは掃除。
床を磨き、
暖炉の灰を片付け、
水を替える。
次は洗濯。
干したシャツが風に揺れる。
その中には、
自分の服と、
エレノアの服。
(……なんか、本当に夫婦みたいだ。)
そんなことを思ってしまい、
一人で照れ笑いする。
昼になると簡単な食事を済ませ、
庭へ出る。
レバーアクションライフルを構える。
カン。
カン。
空き缶が次々と跳ね飛ぶ。
ツボニールから授かった《ガンスリンガー》のスキル。
まだ完全ではない。
だから毎日撃つ。
毎日覚える。
生き残るために。
練習を終えると、
今度は読書だった。
この家には前の住人が残していった本が大量にある。
歴史書。
法律書。
聖書。
東部で発行された新聞。
文芸誌。
「新聞記者か教師だったのかな。」
本棚を眺めながら呟く。
最初の日、
「読んでいい?」
と聞いたら、
エレノアは目を丸くした。
「お前……読めるのか?」
「うん。」
「俺なんか、さっぱりだ。」
そう笑って、
「好きに使え。」
と鍵まで渡してくれた。
それ以来、
街へ出られない代わりに、
本が先生になってくれている。
毎週買ってきてくれる新聞もありがたかった。
事件。
流行。
政治。
開拓情報。
読めば読むほど、
この国が見えてくる。
無法者の記事は特に派手だ。
『アウトレイジ・バンチ、軍用列車を襲撃!』
『最新式ライフル百丁を強奪か!』
「映画みたいだな……。」
思わず苦笑する。
さらに別の記事では、
見覚えのある名前が大きく載っていた。
『酒場で二十人を返り討ち!
辺境最強の女ガンマン・ブラック・エル、大暴れ!』
「二十人?」
記事を読む。
『昼食中だった彼女は、サンドイッチを踏み潰されたことに激怒――』
「いやいや。」
吹き出した。
「盛りすぎだろ。」
思い返せば、
エレノアは確かに怒ると怖い。
でも、
こんな怪物みたいな書き方はない。
新聞というより、
ほとんどゴシップ誌だった。
読み進めるほど、
この世界が少しずつ理解できてくる。
疫病で人口が激減したこと。
開拓が止まったこと。
鉄道は伸び始めたばかりなこと。
東部では自動車や冷蔵庫まで登場していること。
電気もガスも普及し始めている。
だけど、
ここ辺境はまだ法より拳が強い。
(もっと知らないと。)
文化。
宗教。
法律。
人種。
自分の常識が、
この世界では非常識かもしれない。
そんなことを考えていると――
カラン。
玄関のベルが鳴った。
「ただいまー!」
聞き慣れた声。
自然と笑顔になる。
「おかえり。」
「おう。」
仕事終わりのエレノアは帽子を脱ぎながら笑う。
「今日も弁当ありがとな。」
「どうだった?」
「最高だった。」
即答だった。
その笑顔を見て、
圭介まで嬉しくなる。
(今日も喜んでもらえた。)
「ご飯できてるよ。」
「今日は?」
「ミートローフ。」
「……何だそれ。」
「ひき肉に野菜とパン粉を混ぜて焼く料理。」
「へぇ。」
席へ着く。
ナイフを入れると、
じゅわっと肉汁があふれた。
「うまっ!」
思わず声が漏れる。
「このソース!」
「グレイビーソース。」
「肉汁で作るんだ。」
パンを浸して食べる。
「これ反則だろ……。」
エレノアは夢中になって食べ続けた。
「明日は残りでサンドイッチ作るね。」
「毎日食いてぇ。」
「パンが丸ければハンバーガーにもできるよ。」
「お前……
どこでこんなの覚えた?」
「レシピサイト。」
「……何だそれ。」
二人で笑う。
笑い声だけが家に響く。
しばらく沈黙が続いたあと、
エレノアはナイフを置いた。
(言うんだ。)
胸がうるさい。
(閉じ込め続けるのは限界だ。)
(街も見せなきゃ。)
(でも――。)
(他の女を見たら。)
(俺じゃなくなるかもしれない。)
勇気を振り絞る。
「あのさ……。」
「今度の休み。」
「街、行かないか?」
圭介の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと?」
「ああ。」
「教会にも寄ろう。」
その瞬間。
圭介は照れ笑いした。
「じゃあ……
逢引だね。」
――時間が止まった。
「…………。」
エレノアの思考も止まる。
(逢引。)
(逢引って言った。)
(教会で。)
(俺と。)
(逢引。)
顔が真っ赤になる。
「ど、どうした?」
「……いや。」
声が震える。
「なんでもねぇ。」
その夜。
食事は無事終わった。
しかし――
「逢引……。」
皿を洗いながら。
「逢引か……。」
暖炉の前で。
「教会で逢引……。」
寝る支度をしながら。
ずっと、
ぶつぶつ呟いていた。
圭介は最後まで、
自分が西部最強の女ガンマンを、
たった一言で戦闘不能にしたことへ気付かなかった。
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