表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/42

第14話 宝石より価値のある男

 少しして――。


 三人は食卓を囲んでいた。


 窓の外では夕陽が荒野を赤く染めている。


 テーブルの上には、焼き立てのパン。


 こんがり焼かれたシュニンチェル(カツレツ)。


 ザワークラウトの煮込み(ブルスト込み)。


 マッシュポテト。



 食器が触れ合う音だけが、静かな家へ心地よく響いていた。


「パン取ってくれ」


 エレノアが言う。


「はい」


 圭介は自然な仕草でパン籠を差し出した。


「ありがとう」


 そのやり取りがあまりにも自然で、


 ミリアムは思わず目を細める。


(……夫婦。)


(まるで長年連れ添った夫婦ね。)


 圭介はブルストを切り分ける。


「シスター、ブルスト(ソーセージ)どうですか?」


「ありがとう。」


 一口食べたミリアムは目を丸くした。


「……美味しい。」


「この塩加減、絶妙ね。」


 エレノアもエールを飲みながら頷く。


「ザワークラウトの酸味がいいな。」


「肉にもよく合う。」


 カチャリ。


 ナイフとフォークが静かに皿を滑る。


 ミリアムは無意識に圭介の所作を観察していた。


(ナイフの持ち方。)


(フォークの角度。)


(肘を張らない。)


(背筋が真っ直ぐ。)


(食べる速度まで一定。)


(……完璧。)


 この辺境で、ここまで自然にテーブルマナーを身につけている人間はいない。


(東洋の貴族……?)


(いや、それにしても教養がありすぎる。)


(何者なの、この青年。)


「本当に美味しいわ。」


 ミリアムは素直に感想を口にした。


「この辺境でこんな料理が食べられるなんて思わなかった。」


「しかも男が作るなんて。」


 圭介は照れ臭そうに笑う。


「エルがいつも美味しいって言ってくれるから。」


「料理って褒めてもらえると嬉しいんですよ。」


「それに。」


 少しだけ照れながら、


 エレノアを見る。


「優しいし。」


「頑張り屋だし。」


「綺麗だし。」


「それに、すごくかっこいいから。」


 ──ゴン。


 エレノアの思考が止まった。


(…………。)


(死ぬ。)


(今日、俺は死ぬ。)


(こんなの真正面から言われたら。)


(心臓が保たねぇ……。)


 顔がみるみる真っ赤になっていく。


 その様子を見たミリアムは、


 くすっと笑った。


「なるほど。」


「エレノアが入れ込む理由が分かったわ。」


 エレノアは慌てて咳払いをする。


「ゴホン!」


(黙れ。)


(余計なこと言うな。)


 視線だけで必死に訴える。


 しかしミリアムは楽しそうだった。


「ケースケ。」


「今度、教会へいらっしゃい。」


「はい。」


 圭介は素直に頷く。


 すると。


「行くなら俺も一緒だ。」


 即答だった。


「一人では行かせねぇ。」


「うん。」


 圭介も何の疑問もなく頷く。


 そのやり取りを見て、


 ミリアムは苦笑する。


(完全に保護者ね。)


 やがて彼女は真顔になった。


「ケースケ。」


「一つだけ、絶対に守りなさい。」


 食卓の空気が少しだけ変わる。


「絶対に、一人で出歩かないこと。」


「え?」


 圭介は首を傾げた。


「どうしてですか?」


 ミリアムは静かに言う。


「あんたみたいな男、この国にはいないの。」


「家事ができる。」


「料理ができる。」


「洗濯も掃除もできる。」


「礼儀も教養もある。」


「その料理だけでも、街なら十分お金が取れる。」


 一拍置いて、


 低い声で続けた。


「戦争は終わった。」


「奴隷制度も廃止された。」


「でもね。」


「闇は終わっていない。」


 部屋が静まり返る。


「男の売買は、今でも続いている。」


「特に、あんたみたいな男は。」


 ミリアムは真っすぐ圭介を見つめた。


「宝石より価値がある。」


 圭介の表情が固まる。


「冗談……ですよね?」


「私は冗談で説教はしないわ。」


 その一言には、


 修道女としてではなく、


 一人の人生経験豊かな女性としての重みがあった。


「油断すれば攫われる。」


「辺境だからこそ、なおさらね。」


 そして、小さく笑う。


「正直に言えば――」


「私だって欲しいくらいだもの。」


 その瞬間。


 ギロリ。


 エレノアの視線がミリアムを射抜いた。


(駄目だ。)


(ケースケは。)


(俺のだ。)


 もちろん口には出さない。


 だが、その瞳だけは雄弁だった。


 ミリアムは肩をすくめる。


(恋する女って、本当に分かりやすいわね。)


 この時、三人はまだ知らない。


 ミリアムの忠告は、


 その後、


 最悪の形で現実になることを。


 そしてその事件が、


 圭介とエレノア、


 二人の運命を大きく動かす引き金になることを。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ