プロローグ3 恋愛講習、開講
真っ白な空間。
ツボニールはホワイトボードの前に立ち、マーカーを鳴らした。
「では授業を始める。」
圭介は思わず姿勢を正す。
「まず、お主が願った世界じゃが……。」
ホワイトボードに大きく書かれる。
『西部劇の世界』
「残念ながら、お主の世界にはもう存在せん。」
「だから用意した。」
「異世界じゃ。」
「文明は、お主の世界でいう一八九〇年から一九三〇年頃のアメリカ西部に近い。」
「電気もある。」
「ガスもある。」
「銃もある。」
「馬も走る。」
「なるほど……。」
思わず頷く圭介。
ツボニールはさらに一本線を引く。
「ただし、一つだけ決定的に違う。」
「男の数じゃ。」
「数十年前、未知の疫病で男が激減した。」
「今では女五人に対し男一人ほど。」
「辺境へ行けば、それ以上に少ない。」
圭介は目を丸くした。
「そんなに?」
「だから価値観も違う。」
「可憐で守られる女より。」
「男以上に働き。」
「戦い。」
「家族を養える女が、美しいとされる世界じゃ。」
「お主の常識は通用せん。」
圭介は苦笑した。
「なるほど……。」
「美醜逆転ってことか。」
ツボニールは満足そうに頷く。
「理解が早い。」
「詳しい歴史や国の事情は向こうで学べ。」
「今日は生き残るために必要なことだけ教える。」
圭介は真剣な表情で頷いた。
「うん。」
「では最初に。」
「邪魔なものを消そう。」
ツボニールが軽く指を鳴らす。
柔らかな光が圭介を包んだ。
胸が熱い。
肺の奥まで空気が入ってくる。
苦しくない。
痛くない。
身体が軽い。
「あれ……。」
「息が……。」
思わずその場で飛び跳ねる。
「走れる……。」
二十年間、一度も感じたことのない身体だった。
涙が自然と溢れる。
「ありがとう……。」
ツボニールは照れくさそうに鼻を鳴らした。
「礼はまだ早い。」
「ここからじゃ。」
「右手を出せ。」
圭介が右手を掲げる。
光が集まり、文字が浮かび上がる。
《取得スキル》
病気耐性
毒耐性
異世界言語
調理
乗馬
ガンスリンガー
ヒーリング
「最低限じゃ。」
「これくらい無いと死ぬ。」
「ガンスリンガー?」
「西部劇が好きなんじゃろ。」
「使えるようにしてやった。」
「ありがとう!」
思わず子どものように笑う。
ツボニールもつられて笑った。
「最後に。」
「これはスキルではない。」
「神の加護じゃ。」
光が一本の赤い糸となって圭介の右手へ吸い込まれる。
《縁結びの加護》
「誰からも選ばれなかった者と。」
「運命の縁を結びやすくなる。」
圭介は首を傾げた。
「つまり?」
「惚れさせる力ではない。」
「恋は自分で育てるものじゃ。」
「神は最初の縁を結ぶだけ。」
「その先は、お主ら二人の努力次第。」
圭介は静かに頷く。
「分かった。」
「ちなみに。」
「お主の相手とは、もう縁を結んである。」
「えっ?」
「どんな人?」
ツボニールはニヤリと笑う。
「教えん。」
「先入観を持たん方が恋は面白い。」
「自分の目で見ろ。」
「それに。」
「恋には少しくらい障害があった方が盛り上がるじゃろ。」
「神様って性格悪いね。」
「褒め言葉じゃ。」
ツボニールは懐から一本の古びた鍵を取り出した。
「これは餞別じゃ。」
圭介へ差し出す。
「一度だけ。」
「元の世界へ帰れる鍵じゃ。」
「どうしても向こうで生きられんと思ったら使え。」
「ありがとう。」
鍵を握る。
ツボニールは満足そうに頷いた。
「では。」
「行ってこい。」
世界が白く弾けた。
乾いた風が吹く。
圭介は荒野の真ん中に立っていた。
「……。」
「いや。」
「説明終わって、いきなり放り出すの!?」
「方向くらい教えてよ!」
返事はない。
「倍美義姉ちゃーーーん!」
虚しく声だけが荒野へ消えていく。
ため息をつき、一歩踏み出そうとした、その時だった。
遠くから馬の蹄の音が聞こえる。
一頭の馬が、こちらへ向かって走ってきた。
騎乗している女性は、ぐったりと意識を失っている。
背中は血で真っ赤に染まり、今にも落馬しそうだった。
「まずい!」
圭介は全力で駆け出す。
馬が目前で崩れ落ちる。
女性の身体も投げ出された。
慌てて抱き起こる。
金色の髪。
整った顔立ち。
強い意志を感じさせる美しい横顔。
「助けないと……!」
彼はまだ知らない。
この女性こそが、神が結んだ「運命の相手」であり――
そして、この世界では誰も彼女を「美人」とは呼ばないことを。
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