さあ出発だ、この悪魔!
荷物まとめは済んだし、引っ越しの用意は万端だ。しかし、今回は転移魔法はあまり使いたくない。
さっきはあの二人から距離を取るために慌てて用いた魔法であるものの、魔法を使えば痕跡が残る。足取りが追いやすくなってしまうのだ。
特に相手側は天使と祓魔師の二人が手を組んでいるわけだし、そうして隙を見せると漬け入られてしまいかねない。マーガレットのこともしつこく追い掛けていたようだし、痕跡を残さずになるべく早くここを去るのがいいだろう。
これから街に出て適当な馬車にお金を出し、港町まで行ってイギリスの方に渡る。そこまで行けばさすがの彼らでも追いかけてくることはできないはずだ。
「もう忘れ物がないならなるべく早く行こう」
僕は手短にそう告げ、(物理的に言って)二人、もとい(魂の数的に言って)三人の先を歩いて玄関へと向かった。
そうして廊下を歩いているうち、城のどこかで遊んでいたのだろうモナークが僕たちの引っ越しについてくるつもりらしく僕の足元についてきた。賢い子だなあと思いながら、僕は歩きながらその猫を抱き上げてやる。かと思うとモナークは気まぐれに僕の腕から飛び出し、サロモンの腕の中に飛び込んだ。サロモンは驚いたように目を丸くしたものの、すぐにモナークを腕の中に優しく収めていた。なんだろう、振られるってこんな気持ちなのかな。
かつてドロースの召喚の時に目玉を拝借したガーゴイルたちは、相変わらず玄関前の大階段の左右で厳しい顔をしている。彼らにもお世話になったなあと思いながら僕は軽く微笑んで二頭の前を通り過ぎた。すると石の重たい羽根をぎしぎし言わせて、僕に挨拶を返してくれたようだった。
「何か音がしなかった……?」
マーガレットが怯えたように呟いてあたりを見回すが、その頃にはガーゴイルは硬いお座りの姿勢をしっかり取り直している。全く、人見知りなんだから。
しかし、今度は別の方から音がした。城の入り口の扉からだ。
ドン、ドン、と重たいノックの音。僕はどうにも嫌な予感がして二人と一匹に少し下がるようにと手で示した。
「大人しく出てきて、エレオス。あなたの転移魔法の先くらいすぐに分かるんだから」
聞こえるのは案の定マディスの声だ。もう来てしまったのか。やはりさすがは信心の天使様といったところだろうか。しかし感嘆している場合では無いし、あまりここで無駄に体力を奪われたくはない。
僕は足音を鎮めながら、サロモンたちに裏口へ回るよう手で示した。サロモンは深く頷き、マーガレットは表情を険しくしながらもそれに続いた。僕もその背中を守るように歩みを進めていった。
「エレオス、そこにいるんでしょ?……あなたまで私を裏切るの?」
マディスは悲しげな声で述べる。"君を裏切るわけじゃない、人間を守ってあげたいだけなんだ"と、弁解したいところではあるが、きっと彼女は聞く耳を持ってくれない。
「ストルゲのように、あなたもそうするのね」
彼女は重たいものを声に含ませながら続けた。落胆、軽蔑、失望、その他の暗い感情が僕の耳を満たしていった。




