良い目覚めだね、使い魔ズ!
気持ちの悪いほどに完璧な白、堅苦しい清潔さに溢れた何も無い視界。
今までサロモンと共有していたはずの色鮮やかで煩雑で、そこまで高尚でもない世界は真っ白に塗り固められていた。普段なら頭の中で聞き飽きてうんざりするようなサロモンの心の声も、いざなくなってみるとそこそこ恋しいかもしれない。代わりにアタシの頭の中にある音は、細い弦を張り詰めたようにきぃんと鳴り続ける不快な耳鳴りだけ。
その中で目眩と苦しみに苛まれながらひたすらに時間が過ぎるのをぎちぎちときつく痛感する。そんな拷問のような空間でひたすらその終わりを待ちわびていた。
そうして気がついてみると、そこはサン・ラ・ヌイト城。まるで悪い夢でも見ていたかのように、いつもどおりの視界と声がする。
サロモンの叔父のヴィクトルだか何だか……あの信心の天使と同じ気配を帯びた胡散臭いあの男はいない。代わりにいるのは何故か慌ただしく荷物をまとめているエレオスと、勝手に手を動かして同じように荷物をまとめているサロモンの身体。それと……見覚えのない女が一人。
「誰よ、アンタ……」
ドロース、起きたのか。あのままボクの身体から出てってくれて良かったのに。お前が寝てた時の方が静かで楽だったよ。
なんて考えてみるものの、やはり僅かに安心してもいる。あのやかましい頭の中が静かになってしまうのは少し面白くない。
聞こえてるわよ、サロモン。アンタ何気に寂しいんじゃないの!可愛いところもあんのね!
ドロース、調子に乗ってるとまた封印するぞ。
そんないつも通りの軽口にほんの少しだけ安心してしまいながら、ボクは表情を和らげた。もうこの際多少伝わってしまうのは諦めよう。実際寂しかったよ、ちょっとだけ。
とはいえ、ドロースの言った通りここにいる見覚えのない女性については興味がある。繊細で艷やかな見た目、それでいてどこか賢そうな容貌の女性だ。なんだか金細工をそのまま人間にしたように見える。
あれ人間じゃないわよ、サロモン。アンタ感覚鈍ったんじゃない?いや、まぁあの女そこまで魔力強そうじゃないから人間には分かりにくいかもしれないけど……小悪魔ってとこね。
そうして思案しているうちに、エレオスはこちらに向いて嬉しそうに笑みを浮かべた。
「おはよう。起きたみたいだね、ドロース。無事みたいで良かった!とっても心配したんだよ、僕……。ああ、彼女はマーガレット。ボクの元使い魔だよ」
マーガレット、と呼ばれた人……いや、小悪魔なんだっけ。は、ボクの方を向いて愛想良く微笑んだ。よく見るとたしかに、髪の中に紛れて小さな角が生えているらしい。小悪魔と言ってもやはりエレオスの使い魔であった分温和な人なんだろうか。いや、そもそもエレオスの"元"使い魔ってどういうことだろう。
そんなことを思っていると、彼女は愛想のいい笑みをすぐに嘲るような笑みにくるっと変えた。
「お噂はかねがね聞いてるわ、サロモン君、ドロースさん。お生憎様ね、この悪魔の使い魔になるなんて。彼の手から逃れたいんなら相談にいらっしゃい、少しのヒントくらいならあげるから」
やはり悪魔だ。なんだか抜かりないというか、ただの愛想のいい女の子じゃなかった。あまり仲良くなれる気はしない。
そう?アタシはそこそこ好きになれそうよ、あの女。神様のことしか見えてないマディスの目よりよっぽど綺麗な目してる。自由に満ちてるっていうか……幸せそうじゃない?
その問い掛けに、サロモンは応えなかった。ただ頭の中でぽつりと"メイさん"とだけ呟いて、モノローグに耽り始めてしまったようだった。




