お引越しだ、この悪魔!
あっという間に魔法でサン・ラ・ヌイト城に辿り着くと、小脇に抱えたサロモンとマーガレットをなるべく優しく城の床に落とす。二人はそれぞれちょっと変な声を上げてから、身体を起こして少しぶつけた箇所を擦った。なるべく優しく落としたわけだし、きっと傷にはならないから多分大丈夫。
とにかく今はそれどころじゃない。マディスの執着はこうして一度逃げた程度では収まらないだろう。それに今回は思い切り喧嘩を吹っかけたようなものだし、彼女が怒っていてもおかしくない。だから要するに、僕たちには今すぐやらなくてはいけないことがある。
「引っ越しするから、準備して!」
僕は早速荷物をまとめ始めながらそう告げた。するとサロモンとマーガレットは初対面なりに困惑した様子で顔を見合わせる。そうしてからサロモンの方が僕を向いて問い掛けた。
「なんでだよ、そんな突然……」
そんなことをのろのろ言いながら動かないで僕の返事を待つサロモンに、僕はきっぱりと言った。
「マディスはきっとすぐに追ってくる、サロモンたちが殺されるのはごめんだから逃げるんだ」
もちろんこうして話す間も手は止めない。
ローマの少女が持っていた安物のペンダント、アルフがぎこちなく書いたもはや無効の契約書、サロモンの書いた置き手紙。昔の契約者たちとの思い出の品々だ。それらを小さめのトラベルバッグに収める。
そして残っていた食料を埃に変えてあたりに舞わせ、僕たちの生活感を消す作業に入る。サロモンのお気に入りだった革張りの椅子を元の場所に戻し、僕たちがここに来る前の埃まみれの汚い城を再び作り直す。
僕たちの痕跡が全てなくなっていく。最初からこの場所にエレオスも、サロモンも、ドロースもいなかったかのように。かつて吸血鬼が棲んでいたという噂だけが残る廃墟に戻るように、つらつらと魔法をかけていく。
「……なんでボクを助けたんだよ」
未だに仕事に取り掛からないで、サロモンはぽつりと呟いた。僕は彼に視線を一度だけちらっとやり、片付けを続けながらその答えをどう説明するべきか思案した。
「あなたが好きだからよ、坊っちゃん」
マーガレットはすました声でそう告げた。僕の代わりに勝手な答えを与えておいて、彼女はその答えを自ら鼻で笑った。
「この悪魔、私のことは引き留めなかったくせにあなたたちのことは引き留めてるのよ」
そんなことを言うマーガレットも相変わらず僕の手伝いはしてくれない。サロモンは面識の無いマーガレットから与えられる言葉を理解できずに首をひねった。
「あはは、もしかして恨まれてるのかな」
僕も苦笑い気味にマーガレットに返すと、彼女は片方の眉を上げて僕に意味ありげな笑みを浮かべた。
そんなやり取りを理解できないためにサロモンは怪訝そうにしながらも、僕の手伝いに取り掛かり始めてくれた。




