観念したまえ、この悪魔!
「――悪しき命に裁きを」
その言葉が石造の教会の中でこだまするのと共に、男は腰にやった手を持ち上げ、何か小さな金属の破片のようなものを高く投げた。
朝の光がステンドグラスを通り抜け、鮮やかな色彩を纏ってその破片に触れる。きらりと反射した光が僕の瞳を貫く。それに思わず目を細めた一瞬で、金属の破片は空を裂き開いた。
暗く深い夜空のような何かが、空を切り裂いたその奥に広がる。点々と燃え輝く小さなものがビロードを広げたようなその暗闇を彩って、僕の目に映る。その小さな何かたちが燃えて放つそれだけが暗闇の中の光明だ。音も光も存在しないそこには何か恐ろしい不安を覚える。
この景色を見るのは天使の時にも覚えがあるから、初めてではない。冥界だ。それも、この風景からしてきっと地獄だろう。主の価値観一つで悪と決めつけられた人々が燃え盛る永遠の闇。罪人たちの魂が葬られ、主の気まぐれに赦されるその瞬間まで永遠にその身を焼き焦がして輝き続ける哀しい絶景。
ここで灼かれる人々が憐れだったから堕天したのに、今度は僕がここで灼かれるのか。そんな直感にぞっとして背筋が冷えた。
その暗闇の奥から細く骨ばった醜い手が現れ、僕のことを捕まえようとゆっくりと腕を伸ばしてくる。普段の僕なら簡単に逃げられるはずのそれから、逃げられなかった。身体が言うことを聞いて動いてくれないのだ。
ヴィクトルが僕に掛けたなにかの魔法なのかもしれないが、あまりに力が強過ぎる。僕も下級の悪魔ではないし、こんな祓魔師の魔法くらい簡単にいなしてしまえるはずなのだ。こんな魔力があるとしたら有力な天使くらいだろうに、何でこんな人間がこんなに大きな力を?疑問に満ちた頭ばかりを回らせながらも、ただその腕を前に冷や汗を滲ませ硬直することしかできなかった。
ゆっくりと、その腕は僕の首に触れる。冷たい手が撫でる箇所が硬く凍るような感覚に陥る。しかし何もできない。
その腕が僕の首をゆっくりと掴み、それを絞めようとした矢先だった。サロモンの声が僕の耳を貫いた。
「っ……エレオス!」
先程まで殺されかけていた少年が、僕の名を呼んだのだ。
しかし彼はその後に何も続けない。もしかしたら幻聴だったのかもしれない。何にしたってあいにく彼の声を聴いたところで力が湧くわけでもないし、やはり僕の死は覆らない気がする。
せめてサロモン、彼には幸せでいてほしいから、マーガレットと一緒に逃げてほしい。少なくともここで若くして殺されるなんて終わり方にはならないでほしい。そんな遺言じみた言葉を頭の中で連ねながら、僕はゆっくりと首を絞められるのを待った。




