落ち着きなさいよ、この悪魔!
僕のサロモンを傷つけたあの男に歩み寄り、僕はその聖書台を横に思い切り蹴り飛ばした。元々乱暴なことは好きじゃないし、神を信じるのはそれぞれの人の勝手だ。けれどその盲目的な信仰で僕のものを傷つけられるのはどうしても気に食わない。
その上に乗っていた聖書ごと横にすっ飛んだ木の台は、がたんと大きな音を立てて床に身を打ち付けた。ヴィクトルは沈黙する。そして礼拝に来ていた人々も、強張った沈黙を広げた。
僕はなるべく穏やかにヴィクトルのことを睨みつけながら口を開いた。
「最初からサロモンを殺すつもりだったのか」
広い教会に僕の声が響き渡る。こんな感覚はきっと三世紀ぶりくらいだろう。しかしかつて教会で声を響かせた時には、今ほど不愉快ではなかった。こみ上げる憤怒を噛み締めながら、僕は彼の言い訳に耳を傾ける。
「もし死ぬならばそれは天罰。生き延びるなら私が責任を持って正しく育てるまで」
僕は目を細めた。この男には、サロモンを守る気さえないんじゃないか。それにあの様子からして、サロモンはきっと死ぬリスクについても不承知だったのだろう。純粋無垢なサロモンに僕が悪だと教え込み、この男自身の憎む悪魔を祓おうという安直な欲に従って彼を騙したに違いない。
人間は弱くて可愛い生き物だ。この生意気な男も例外でなくその一人。直前まで殺そうとしていた人間を正しく育てるなんてことはできっこない。そもそも生き延びたら育てるなんてそんな生半可な覚悟で僕の手からサロモンを奪おうという時点で大きく間違っている。
その存在一つで何が正しくて何が正しくないかを考える理性さえも奪ってしまうのだから、主は本当に偉大だ。僕はそう感じて眉を寄せた。
「はっ、興味深い言い訳だね」
なるべく親しげに口にしようとしたつもりではあったのだが、僕の喉は存外にも冷淡な声音で言い放った。それなのにヴィクトルがその顔色を全く変えないのにも腹が立つ。
僕はマントの内側に手を入れ、ナイフを取り出そうとした。サロモンとドロースに与えてくれた分の苦しみは返してあげなくては、彼らの使役者として礼儀を欠いているというものだろう。
しかしあの男は平然と口を開く。
「我が信心に懸け、主に代わりてここに冥界を開く」
低い声が教会の中でぶつぶつとこだまする。それはよく僕の耳に入らなかった。いや、怒りに任せて聞こうとしなかったのかもしれない。僕はマントから取り出した黒いナイフを右手に握り締め、彼に向かって掲げた。
「エレオス!やめなさい!」
マーガレットの叫びはもう手遅れだった。僕がナイフを重力に任せて振り下ろした時、男は低く続けた。
「――悪しき命に裁きを」




