窮地じゃないの、この悪魔!
サロモンは祓魔師に何やら耳打ちをしているようだ。人々の声に紛れてこそこそと彼の声が聞こえる。けれど何を言っているかまでは聞き取れない。とはいえ、この状況で話している事なんて大概想像がつく。僕が彼と契約した悪魔であることを告げ口しているのだろう。
僕は可哀想な彼のことを助けてあげたし、愛情の限りを尽くして優しくしてあげたつもりだ。それでも彼は満足しなかったのだろうか。そう思うとなんだか暗い気分になってしまうのを押し殺しつつ、僕は背筋を伸ばして礼拝が始まるのを待つ傍らで祓魔師の鍵を頂くタイミングを伺っていた。
人々が集まって教会のベンチが満たされた頃、祓魔師は一人でおもむろに立ち上がった。僕はまだ彼から鍵を取れていない。それも気付いているマーガレットは、僕の靴を横からさりげなく蹴った。"何タイミング逃してんのよ"と、言外にもよく伝わる。
とにかく彼は人々の前にある講壇に登り、聖書台に手を置いてから静かに口を開いた。
「皆様の信心の下に、祓魔師ヴィクトル・ガブリエル・ブランよりお願いがあります」
――嫌な予感がする。
「信じられないでしょうが、ここに……悪魔に憑かれた憐れな少年がいます。神聖なるこの日曜礼拝の場において、彼から悪魔を祓うのに皆様のお力添えを頂きたい」
ここにいる敬虔な信者たちの信心を集中させて悪魔を祓おうという魂胆だろう。しかしサロモンはまだ幼いし、既にドロースの魂を取り込んだ身。ドロースを祓おうにも、こんなに強い聖気を浴びせたらおおよそドロースごと死んでしまう。
僕は祓魔師が立ち上がったおかげで出来上がったサロモンとの一人分の空白を詰めた。そして隣の彼の肩に手をおいて耳打ちをした。
「サロモン、帰ろう」
サロモンは僕の手を振り払った。別にそのくらいの力は何ともないはずなのに、僕は手を離してしまった。彼は反抗的に、怯えたように、僕を見つめる。初めて出会った時のような……いや、その時よりも痛ましい目だ。
「両手を組み、祈ってください。憐れな少年のために」
祓魔師は続ける。それに合わせて人々が手を組む気配。後ろの席に座った男性が僕の肩に触れ、深刻な声で僕に手を組み合わせるよう促した。
「あなたも手をお組みなさい、その少年のために」
僕は耐えきれなくなってその男性のことを強く睨みつけてしまった。そして柄にもなく怒鳴りつけてしまった。
「これがサロモンのためになるわけないだろう!お前たちはサロモンを殺したいのか!?」
男性は面食らってしまった。しかし僕はそれで収まりをつけきることもできず、澄ました顔で講壇に立つ祓魔師のことを睨みつけた。
「ヴィクトル・ガブリエル・ブラン!これ以上彼を神聖な空気に浸したら彼もろとも死にかねない、そのくらい分かってるんだろ!?僕のサロモンに手を出して傷つけようだなんて……これだから愚直に主に従う連中は!」
しかし祓魔師は冷静に、僕とマーガレットを真っ直ぐ指差した。人々の視線が僕たちに集中する。
「そして彼は、私達を惑わす悪魔です。その隣の彼女も。少年から悪魔が出て行くよう祈ってください。そして、この悪魔たちが滅びるよう祈ってください」
周りの人々がざわめく。"悪魔だと""主を馬鹿にしたぞ""私達を騙そうとしているのね"云々。僕はうんざりしながら眉間に手を当てた。
マーガレットは眉を寄せた。そして僕のことを非難がましく睨んだ。
「最悪、何キレてんのよ……!」
しかし今はそれどころじゃない。信者たちが両手を組む。気味の悪い祈りの気配の中で、ヴィクトルの聖書朗読の声が高らかに響き始めた。




