別れを告げよう、この悪魔!
サロモンは黙りこくっている。じりじりと僕の身体に伝わる神聖な気配が痛い。
今のところサロモンも男も僕の存在には気付いてはいないようだが、これほどの気配を持っている人間だ。サロモンの体にドロースの魂が収まっていることや二人が契約を交わしていることに気がついていてもおかしくはない。
あまり失礼なことは言いたくないけれど、正直得体がしれなくて気持ちの悪い男だ。あまり信用したくない。
その矢先、サロモンが口を開いた。
「叔父さん、ボクは取り返しのつかないことをたくさんしたんだ。……今更主は許してくれない」
サロモンは沈痛な表情で呟く。この男はサロモンの叔父さんなのか。
「分かっている。たしかに君のしたことは許されないかもしれないが、許しを乞う姿勢があるか無いかは大きな違いだ。まずできることは、その悪魔を祓うこと。私に任せてくれれば難しいことではない」
僕は思わず目を見開いた。この男は、ドロースを祓おうとしているのだろうか。いや、それだけに留まる気がしない。むしろ僕の手からこのかわいいサロモンを奪うんじゃないか。使い魔という立場からも奪い取られてしまったら、僕の貴重な生き甲斐がなくなってしまう。
今まで見てきたどの人間よりも、悪魔よりも大切な二人だ。この得体のしれない男にくれてやりたくはない。
とはいえ、これだけ言われていてドロースが口を開かないのは妙だ。もしかしてこの男はドロースを封じ込める魔法でも使っているんだろうか。悪魔の動きを封じる魔法の存在は知っているが、それをかけられた上で攻撃されたら流石にどうしようもない。
とにかくこの男が他にどんな手段を用いるかも分からない以上、取り敢えず今のところはどうしようもないかもしれない。先決はこの男のリサーチだろうか。
そうあれこれ打算しているうちに、サロモンが会話を続けた。
「ボクは……パパとママのために復讐したかったんだ、わざわざ悪魔と契約してまで。それなのにパパとママに悪魔の子だって罵られた。挙句に仇を討ったのに、契約してた悪魔に裏切られて、今は仇と一心同体で……。もう訳がわからないんだよ。この前会った天使にも卑しいって言われたし、今更もとに戻れると思えない」
いつになく弱々しい声に、僕は彼を抱きしめてあげたくなった。
"そうだよね、辛いよね。僕がずっとそばにいて支えてあげるから、君は何も心配しなくていいんだよ。親のことを忘れきれずに抜け殻みたいに生きていても、ドロースのことを憎み続けても、僕から離れられないグズになったとしても、君はずっと僕の可愛い眷属だよ。"
僕ならきっとそう囁く。それなのに、男は冷たかった。綺麗な色の瞳をキッと鋭く光らせ、サロモンのことを見つめる。そして低い声で続けた。
「甘いな。やはりレオナールの子らしい。今更元に戻れると思えないんじゃない、戻るんだ。そのくらいの気概もなしに卑しいと言われて駄々をこねるな。それは当然のことだぞ、サロモン。……そのまま堕ちるのか、省みるのか、決断しろ」
サロモンは目を伏せ、口をもごもごさせて悩んでいる。僕は眉をひそめた。しばらく黙り込んでいるサロモンが何を考えているのか分からない。
それから沈黙が流れる地下室の中で、サロモンが話そうと空気が揺れる音が大きく伝わった気がした。
「僕は、戻りたい」
サロモンの叔父は、厳しい表情を僅かに和らげて微笑んだ。対して僕は、密かに歯を食いしばった。




