決別の時だ、この悪魔!
平和ボケしたように静かな土曜日の午後。最近、サン・ラ・ヌイト城にも飽きてきた。この前ペルシアの方に召喚されて行ってからはずっとここに留まっているし、本もすっかり読み切ってしまった。一般的な聖書や学術書に加えて悪魔の召喚方法、悪魔祓いの手段、どこで集めたのか分からないような天使の名簿などなど……もう面白いものもこの城の中では見つかりそうにない。
ああでも、サロモンとドロースのお留守番の一件についての話は面白かったかな。
サロモンが一目惚れした女の子が天使だったなんて話は傑作だ。一生懸命に自分の道義に反するような悪魔契約と殺人を果たしたのに、卑しいだとかいうブーメランを食らって振られたのはとっても可哀想で最高にキュンキュンする。
それに僕に言わせてもらえば、一目惚れというのも勘違いだろう。仮にも悪魔の魂を食ったわけだから、天使であるマディスに触れたら電流が走るような刺激や燃えるような熱を感じるはずだ。普通の悪魔なら嫌悪感しか抱かないのだろうが、彼には人間の、それも聖職者の血が流れている。少し緩和されたおかげで惚れたと思いこんでしまったんだろう。
わざわざ説明しなかったドロースもドロースだ。最高だと褒め称えてあげたい。二人揃って滑稽で、可哀想で愛くるしい。そんなサロモンとドロースが僕のものなのだと思うとやっぱり惚れ惚れする。
とはいえ、あれ以降サロモンの様子が変になった。少し前まで僕にすぐ噛み付いてきたはずの彼はどこへやら、最近随分しんなりしてしまっている。僕に噛み付いても来ないし、代わりに時々思いつめたような顔をする。かと思うとすぐに顔をしかめる様子は、きっとドロースが浮かべた表情だろう。
どうしたのかと問うと、きまってドロースが答える。
「めんどくさい時期なのよ、気にするだけ損だわ」と。
そんなことを思い返しつつ本を書庫に片付けて、二人のいる談話室に戻った時だった。
サロモンは僕が部屋に入るや否や、椅子からすっくと立ち上がって僕のことを真っ直ぐに見つめた。そんないつもと違う様子にきょとんとしてしまいそうになるものの、彼もなにか思いがあってそんな態度を示しているんだろうと考え直す。僕は彼のことを見つめ返し、なんとなく背筋を伸ばした。
「実家に行きたい」
真面目な顔のまま、彼は僕にそう告げた。じっか、実家……っていうと、彼のパパとママが殺されるなんて惨劇の舞台になった場所だろうか。そんなところにわざわざ進んでいきたいなんてどうしたんだろう。そもそもパパとママに見捨てられたのに、なんで今更?
疑問がいくつも湧き上がるので僕は頷ききれず、首を前ではなく横に倒してみせた。
「なぜ?」
そう質問すると、彼はほんの少し黒目を震わせた。けれど僕から目を逸らさないで、真剣な顔で続けた。
「けじめをつけたいんだ。ずっとパパとママのことを考えてしまうから……いい加減に自立したいのかもしれない」
けじめ、か。自分のことを見捨てた両親との決別をしたいのだとするなら、それは理解できる。そのために彼をかつての家に連れて行ってあげることは容易いし、可哀想な彼がそうして立ち直る様子にも興味はある。彼のことはできるだけ支えてあげたい。そんな気持ちで僕は一度頷いた。
「そういうことなら応援するよ」
そう答えた僕に、彼はほんの少し表情を緩めたように見えた。




