慈悲を見せるか、使い魔ズ!
ボクと魔法使いは同じ屋根の上に立ち、顔を合わせた。しかし、正確に言うと顔は合っていない。魔法使いはその帽子を目深に被っているせいで、視線を合わせられてすらいない気がする。僅かに見える口元が動いた。
「何故……私の邪魔をする?」
サロモンは魔法使いのことを睨みつけた。下でぱちぱちと炎の燃える音がする。木造の家が燃え始めた。煙の嫌な匂いと、火事に気づいて逃げ始めた人々の叫ぶ声。アタシたちの立つ屋根も軋み始める。
「お前がボクの好きな人の父親を殺したからだ」
魔法使いは目深にかぶった帽子のつばを引いてもっと顔を隠した。苦しげに息を吐く様子は、アイツの身体に毒がよく回っていることを暗示しているようにも見える。ボクは僅かにほくそ笑んだ。
「知ったことか……私の恋人に手を出したのが悪い」
とんだ開き直りね。あんな女に首ったけになってるサロモンも大概だけど、恋人に手を差し伸べただけの人間を殺すようなアイツもなかなかだわ。けれどお互いに許せない存在に見えているんだろう。アタシが見る限りの二人はよく似ていて、どっちもどっち以上の感想なんてないのに。
そう思いながら二人の会話を聞き流そうとしていたところで、ピンと張り詰めていた空気を高い声が断った。
「――魔法使いさん、火事よ!そんなところにいたら危ないわ!」
そこにいたのはリーゼだった。息も絶え絶えになりながらこちらを見つめて、必死に火事だから降りるようにと叫んでいる。魔法使いはリーゼを見つめ返したようだ。
「危ないのはお前だ、私は構わない!早く逃げろ……!」
その矢先、強い風が吹いた。炎はその風に乗って巻き上がり、大きく高く渦巻いた炎が腕を広げた。そのままリーゼを抱き込もうとする炎の姿が見えたかと思うと、風を切る気配とともに魔法使いはリーゼの元に飛び降りた。
真っ黒なマントを翻し、魔法使いは娼婦のことを炎の代わりに抱き込んだ。その二人を同時に炎が巻き込み、赤い炎と黒い煙の中で二人の姿が見えなくなる。
その様子を眺めながら、ボクは何もしなかった。
所詮は卑しい娼婦とメイさんの憎むべき敵。助けてやる義理などどこにもない。いっそ自分で出したその炎に呑まれて死んでしまえばいいのだ。そう思ってボクは魔法を使うために人差し指を掲げることすらしなかった。
アタシは別に、サロモンが誰を助けようが、見捨てようが構わない。後で美味しい魂が食べられるんならそれで満足。
ただしアンタのその判断の根拠は気に食わないわね。素敵な神様を掲げて人類皆仲良しのつもりなんじゃないの?慈悲だか愛情だか知らないけど、そんなことを語るくせに気に入らない人のことはそうやって見捨てるのね。別に、知ったことじゃないけど。
ドロースにだけはそんな説教をされたくない。そもそも助けてほしいんなら模範的な人間であろうとするべきだ。そうできないんなら見捨てられたってしょうがないだろ。
そうして頭の中で話しているうち、突然雨が降り始めた。ぽたぽたと線を引いて落ちるだけだった小さな雨粒は、あっという間にぼとぼとと落ちる大きな雨粒に変わり、まるで魔法のようにすぐに土砂降りになった。
その雨が火を静かに消していくと、ようやく屋根の下がはっきり見えるようになっていく。
そこには、魔法使いとリーゼが二人で倒れていた。




