激昂必至、使い魔ズ!
「誰が悪魔の子だ、お前なんかに何が分かる!」
屋根の上に束になって飛ばされた水は弾け、アタシたちの身体にもかかった。そして屋根の上からは水がぽたぽたと重たい粒になって、あるいは太いまとまりになって落ちていく。
屋根の上にあった人影はいつの間にか消えている。咄嗟に逃げたのか、それとも水圧で押し流されたのか。視界が暗いしアイツの気配も消えた。どうなったのか分からない。
「ボクは悪魔の子なんかじゃない、ボクのパパとママは……!」
"悪魔の子"。ママの口ぶりで話す猫のぬいぐるみの姿が頭をよぎる。年端も行かない少女の声で、ボクはママに勘当された。悪魔の子だと、大好きだったママに言われた。
それを名前も知らない下賤な魔法使いなんかにまた模倣されて、また悪魔の子だなんて言われて。許せない。ボクのママの言葉を真似たように話したこと、ボクの傷をわざわざ深くえぐり直したこと、まるで冒涜されたような感覚……どれが正当な理由なのかははっきり分からない。けれどただカッとしたのだ。
けれどボクにパパとママのことを語る権利があるだろうか。
「パパとママがなんだって?」
その声はあまりに近い距離からした。吐きそうなほどの甘い匂い、そして首に回された腕。まずい、絞め殺される。その直感にアタシは歯を食いしばり、その腕に爪を立てようとした。
しかし男は肘を折って首をぎりぎりと絞めつけてくる。喉を潰される感覚に眉が寄る。
「こんな幼いうちに悪魔と契るような子供を生み育てた親だ、きっとろくでもないだろう」
男の言葉の一つ一つはボクの苛立ちをことごとく煽ってくる。確かに喉は苦しい。しかしボクは今それ以上に、この男を殺したい。メイさんのパパを殺し、ボクと両親を侮辱したこの男を、殺したい。
サロモンは男の腕を掴んだ。けれどサロモンの弱っちい力ではとてもこの男の動きを封じられない。そこでアタシは鋭くした爪を立て、服を貫き、皮膚を破り、男の肉に食い込ませた。男が苦しげに呻き、離れようとする。しかしその度、爪が深くに食い込んでいく。
同時に、サロモンはどうやら爪の先から何かを流し込み始めた。爪の先がビリっとするような感覚。これは、もしかして毒?
「っ……離せ!」
男が呻く。
「離すと思うか?」
男は恨めしげになにか呟いてから、もう片方の手をボクの顔の前に差し出した。その手は赤い炎を纏い、ボクの顔を赤い光で温める。脅しをかけているつもりだろうか。今更そんなことを言ったって、ボクが注ぎ込んでいる毒はどうしようもないはずなのに。
「離さないのなら……お前を焼き殺す」
毒が回っているらしく、男の息は跡切れ跡切れになり始めた。けれどアタシは火傷なんて真っ平御免なので、なるべく素早く男の手首をひっつかみ、同じように爪を突き刺してやった。
「どうせ毒が回ってもう少しで死ぬんでしょ、アンタ。出来もしないこと言うもんじゃないわ」
ドロースがそう告げると、男はボクたちにも聞こえるくらいの音でギリッと歯を食いしばった。そして、ボクの爪をへし折ってまで腕を離したかと思うと、素早く屋根の上に跳び上がった。
「あーっ!ちょっと何すんの!?アタシのツヤツヤな爪が……って、サロモンの爪だからそうでもないわね。とにかく勝手に逃げんじゃないわよ……!」
何よあの男最ッ低!アタシのチャームポイントの一つであるツヤツヤの爪をへし折ったの!?そう思って勢い任せに叫んでいる途中で自分の爪を確認すると、そもそも前の身体と違ってサロモンの爪はツヤツヤの爪紅もないから大してチャーミングじゃないのに気がつく。それで多少冷めはしたものの、爪をへし折って逃げたのは許せない。
そう思ってアタシも地面を蹴って飛び上がろうとした矢先、男は手を大きく水平に振った。さっきの炎よりも大きく、路地を焼き尽くすような炎が広がった。
まずいぞドロース、すぐに窓の上に!
言われなくてもわかってるわよそんなの!
アタシは自分に炎が及ぶ前に地面を蹴り、男と同じ屋根に飛び乗った。




