火蓋を切れ、使い魔ズ!
段取りはごく単純。このクソガキでも分かるようにアタシが考えてあげた、完璧な作戦。コイツの身体はやっぱり小さくて力も弱っちいし、コイツの運動能力はアタシの前の身体と比べてゴミ。カス。最悪それ以下。
だけどアタシは違う。元々悪魔としてずば抜けた身体能力でいろんな人間に死を与えていたわけだし、体の扱いというのは心得ている。ステータスが最初から低いといえど、このサロモンの体の主導権を握ってしまえば上手いこと戦えるはず。力は弱いけどまだ小さい分すばしっこいし、敵の足を狙った攻撃に集中すれば勝ち目しかないわ。
で、アタシが身体で戦っている間にサロモンが魔法を使う。アタシの指示の通りに爪を伸ばしたり、牙を生やしたり、その他諸々。という予定なんだけど、ホントに自分でも奇妙で仕方ない。なんで魔法が使えない人間が魔法を使って、魔法を使いこなす悪魔が肉体を使って戦うんだか。仕方ないといえど、あんまりに非効率的だ。自分でやっていて馬鹿馬鹿しくなる。
ほんと、あと何年こんなのを続けなきゃいけないんだか!あまりに先の見えない状況に大きく溜息をつきたくなるものの、とりあえず今は魔法使いをボコボコにするのが先決。
ところどころボクのことを馬鹿にしている気がする。大いにムカつくが、今の敵はあいにくドロースではない。ドロースとくだらない論争を繰り広げる時間は無駄な気がするので、ボクはとりあえず何も言わないでおいた。
路地裏の異臭と混じってむせ返りそうな甘い匂い。頭の中で何度もシミュレーションしてきた通りに、ボクは魔法を操って嗅覚を多少緩めた。おかげで意識が遠のくほどの刺激臭は感じずにいられそうだ。
「また来たのか、薄汚いネズミめ」
安心していた矢先、低い声がボクの耳元で囁いた。吐息の動きさえ分かりそうなあまりに近い距離感にぞっとして、ボクは慌てて振り返る。しかしそこには誰もいない。
「誰がネズミよ。夜中にウロウロして女に執着してるアンタの方がよっぽど穢いネズミだわ」
どうせ殺す相手なんだからメンツとか気にしないでいいでしょ。だから今回は容赦なく喋らせてもらうから。アタシもずっと喋らないでいると息が詰まりそうなのよ。今くらいは喋らせて。あっ、あと爪用意して。生身の体じゃ戦いにくい!
それは構わないけど、それなら頼むから確実に殺してくれよ。ボクが実は女の悪魔に乗り移られてうんぬんとかいうのは複雑すぎるから勘弁してくれ。
ボクはそう主張しながら、ボクは爪に魔力を込めて鋭く尖らせた。ドロースは自分の手を軽く握ったり開いたりして、その具合を確認した。どうやらお気に召したらしく、ドロースはそのまま辺りの様子をうかがい始めた。
「昨夜懲らしめたはずの獲物が無傷で生きているとはな。その上子供のくせに悪魔と契っているようじゃないか。今度こそは生かしてはおけない。残念だが今日がお前の命日だ」
その声とともに肌がむわっと熱くなり、視界が赤く輝く。炎がボクたちの周りを取り囲んでいた。
「サロモン、なんでもいいから炎に対処して!」
ドロースが叫んだ。火を消す?といったら水だろうか。水ってどんなものだっけ、透明で、流れて、えっと……。ああもうとにかく水!とびきり冷たいやつ!
ボクは勢い任せに右手の人差指を立て、鋭い爪の先を振った。するとボクの指の先を中心にし、渦を巻いて水の玉が現れ、その一つ一つが結びついて大きくなった。その水は渦の中心を広げ、ボクを中心として周りの炎を飲み込んだ。
「なかなか良い魔法だな。契約を果たしてこんなにすぐに実用ができるとは……悪魔の子とでも言うべきか」
鼻で笑うようにして魔法使いが呟いた。アタシが顔を上げると、その姿は屋根の上にあった。この距離なら飛びかかれる。そう思って地面を蹴り飛ばして屋根の上に飛び乗ろうとした矢先、アタシたちの周りに渦巻いていた水が男に一斉に飛び掛かった。
サロモンがやったのだろう。が、あまりに突然だった。その豪快な水音が後味を引く中、アタシは呆然としてしまった。




