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お慈悲をください、悪魔さま!  作者: 真坂凜子
悪童たちのお留守番
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いざ契約だ、使い魔ズ!

 ボクが祇とペンを受け取ると、ボクの手はさらさらとラテン語の羅列を始めた。ドロースが勝手に書いているようだ。

 ボクほどうにかラテン語が読める程度だし、もちろん知らない語もある。エレオスのふざけたような契約書面に関してはあまり堅苦しくない語が多かったのだろう。故にどうにか拾い集めた単語で理解できたが、今ドロースが書いているそれは長い単語や覚えのない熟語が多い。

 ボクはボクの手が書き連ねていく文字をどうにか目で追って、一行ほど遅れて少しずつ解読するような感覚。奇妙でしかない。


「"ここに悪魔と人間の契約を執り決める。

嗜虐の悪魔ドロースより魔力の共有

人間サロモン・レオナール・ブランより魂の献上

期間は互いの魂が離れるまで。契約違反の際には私刑を厭わず。"」


 ドロースがボクの口を動かしてそう読み上げた。自分の声で紡がれる洗礼名と名字の響きがちくりと痛い。とりあえず契約の内容は理解できたので、ボクは小さく頷いた。

 すると、ふとストルゲが驚いたように口を開いた。


「へぇ、サロモンとドロースってえの?なかなかいい名前じゃん」


 アタシは思わず驚いて目を見開いた。名前も知らないやつによくそんなにペラペラ喋れたわね。正直ドン引きなんだけど。

 眉をひそめているアタシに気がついたストルゲは、何でそんな顔してんだよとでも言いたげにきょとんとした。


「アンタ、名前も知らずによくそんな馴れ馴れしく話せたわね……初対面のクソガキのこと可愛がるとかアタシには無理」


 丁寧にそう説明してやると、ストルゲはやはり不思議そうにしてからふんっと鼻で笑い、偉そうに腕を組んだ。


「こちとら伊達に堕天してねえんだよ。後輩のペットだから面倒見てるだけで、この俺様がお前らみたいな人間ごときと下級悪魔の名前なんか聞いてやるわけねえだろ」


 前言撤回。悪魔がことごとく悪いやつとは限らないかもしれないなんて思ったけれど、やっぱりコイツは傲慢で最低な悪魔だ。ボクは眉をひそめてできる限りの軽蔑を表情に表した。堕天したということはもともとは天使なんだろうに、どうしてそんなに落ちぶれられるのだろうか。これならまだ可哀想な人を助けたがるエレオスの方が……いや、どっちもどっちだな。


「とにかく、契約すんならとっととしろよ」


 腹立たしいけど、アイツの言う通り。ノロノロしてても時間の無駄。早いところ契約を済ませてしまおう。ちょっと痛いけど我慢してね。

 アタシは早速サロモンの手首に爪を立てて血を取ろうとした。しかし、爪はちっともサロモンの肌を突き破らない。アタシの前の身体ならもっと簡単に血を出すことができたはずなのに……!アタシはムカついて下唇を噛み締めた。


 ドロース、ボクは必要最低限の痛いことには耐えられる。でも無意味に下唇を噛むのはやめてくれ。無駄に痛い思いをしたくはないから。


「ストルゲ、何か刃物の類を出してくれないか?」


ストルゲはそれを聞くと、自分のジャケットのポケットをまさぐってナイフをとった。そしてそのナイフをボクに手渡した。


「ねえ待って、そのナイフ……ちょっと待って、アタシたちのメロン食べたの!?」


 ドロースが突然言い始めたので、ボクは目を丸くした。メロンって、昨日ボクたちがキッチンで切ろうとして諦めたあれだろうか。


「うん?ああ、あれエレオスかららしいな。わざわざナイフ突き刺して用意してくれてんだから食うしかないだろ。美味しく頂いたぜ」


ストルゲは悪びれもせずに明るく笑みを浮かべてそう述べた。ボクも確かに絶句はしたが、ドロースはかなり怒った様子だ。


「はぁ!?アタシ何気に楽しみにしてたのよ!エレオスが帰ってきたら切らせて食おうとしてたのに……!人間の高級品なんて食べないしちょっと期待してたんだから!ホンット最低!」


 ボクの口が強い口調でそうまくしたてるのに、ストルゲもさすがに困惑した様子で眉を下げた。それから頭を困ったようにかいて肩をすくめながら答えた。


「悪い、そんな怒るとは……。そのうちお詫びするから」


 アタシは元々悪魔だったから人間の味覚なんて知らなかった。人間の食事なんて味がしないし、人間の魂が一番美味しかった。それでもエレオスに与えられる食事はそこそこ美味しかったし、人間の食事も少しだけ楽しかった。その中でもせっかくの高級品だったのに……!

 アタシは眉をいからせ、そのお詫びが何になるのかを問い詰めようとした。しかし、サロモンがそれを阻んだ。


「とにかく、契約だ」


 まだ不満があるらしいドロースを必死に抑え込み、ボクは自分の手首を切った。

 この場合、ボクの血で二人分のサインをすればいいのだろうか。そう思いつつボクは腕に滴る血を指ですくって逆文字のサインを記した。ドロースもそれを引き継ぎ、さらさらとサインを記した。最後に逆十字のマークまで丁寧に残している。嫌がらせだろうか。


 とにかく、これで契約は完了。赤黒く深く刻まれた文字は、もう滲みもしなそうだ。

 どうやらアタシたちの契約は、うまいこと達成したらしい。

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