絶対退くかよ、使い魔ズ!
その悪魔は不愉快そうなボクの顔を見てひとしきり笑い切ると、ようやく説明を始めた。
「はぁ……んで、あの男と俺は確かに契約してるわけなんだが、その契約内容にあの女が絡んでんだよ。アイツ、あの娼婦に恋してんだ。今どき悪魔も娼婦なんかに手ぇつけねえのに」
ボクを含め一般人からしてみても娼婦は卑しいと言われるが、悪魔にとってもそうなのか。となると娼婦は落ちぶれ過ぎて誰にも好かれないようだ。なんだか救いようのなさすら感じる。もちろん憐れむわけではないけど。
「アイツもなんか気持ちわりぃんだわ。あの女には誰だろうが指一本触れさせたくないんだと。絶対にあの女を汚させたくないって言っててさ……それで魔法の力を手に入れたいっていうんだ。だから、俺はアイツに魔力を貸してやる代わりにアイツの顔を燃やした」
「は?燃やした?」
耳を疑った。ゆえに咄嗟にボクは口走っていた。
だからって順接になっていない気がする。取り敢えずそれは代償なんだよな。顔を燃やしたと聞こえた気がしたのだけれどなんの冗談だろうか。
しかし、その質問に対してストルゲはケロッとして頷いた。
「うん、そう。……だって好きな女のこと守るために悪魔と契約して魔力を手に入れようとすんだぜ?俺の魔力だってタダじゃねえんだ。顔を丁寧に燃やして、人前に出られないくらいの不細工にしてやったってだけ。魂食うよりマシじゃね?」
まぁ、同じ悪魔の心理的には顔燃やしたくなるっていうのも理解できないわけじゃない。実際魔力貸すんだったらそんくらいの代償は必要だろうし。
そういうものなのか?やっぱり悪魔の価値観は理解できない……。
「アイツはそれで俺から魔力を得ると、毎晩帽子をふかーく被って、顔を見られないようにしながらあの娼婦に会いに行った。飯やら服やら欲しがるものを何でも与えた。けれど娼婦に姿を見せることはせずに、声だけであの女と関わってたんだ。そしたらあの女、"魔法使いさん"ってアイツのことを呼ぶようになって、二人してなんか仲良くなってんの。それが嬉しくなったアイツはだんだん他のやつとあの女が関わるのがもっと嫌になり始めた。で、ちょっと声を掛けたやつも手を触れたやつもみんな殺すようになったんだよ。呆れちまうよな」
これではっきりした。メイさんの父親の敵はきっとその男だ。狂ったような愛情で悪魔と契約を交わして周りに迷惑を掛けるなんて、とんだ男だ。許せない。
とはいえ、ボクが今手を引かないとこの目の前にいる悪魔はボクたちと敵対することになるのか。正直ドロースの時にも心臓を踏みつけられるとかいう酷い目に遭わされたし、悪魔と敵対はしたくない。
アタシもこれ以上この件に関わるのは反対ね。色々めんどくさいもん。
でもボクはここで後に引きたくもない。ここから身を引く想像をするたびに、メイさんのあの涙が、ボクの瞼の裏できらめく。
"お願いサロモンくん、諦めないで……"
透き通った声がボクの心のなかで響くような心地がするのだ。それを無視してこの悪魔の脅しに屈するのは彼女を裏切ったも同然だろう。あの子を裏切りたくはない。
「とりあえず事情は分かった。でも……ボクは正直身を引くことはできそうにない」
は?ちょっと何言ってんのよアンタ。
「ふーん……一応聞いてやるよ、理由は?」
ストルゲは眉を寄せ、腕と脚を組んで椅子の上でふんぞり返りながら問いかけてきた。いかにも不機嫌そうな、訝しげな顔をしている。
アタシは慌ててやっぱりなかったことにと言おうとしたものの、サロモンの意思にその動きは封じ込められたらしい。
ねえサロモン、ちょっとアンタ……さすがに悪魔の怒り買うのとかやめてよね?アンタの身体に収まってるうちはアタシ庇いきれないし……!
「ある女性の父親が殺されたんだ。きっとその犯人はその男だと思う。そして、ボクはその女性に惚れてる。……だから、彼女のためにもボクはあの男に復讐してやりたい」
その言葉を聞くと、ストルゲは溜息混じりに頬杖をついた。そうして少し考えるように眉を寄せ、その視線を上の方にやってから結論を出したらしく口を開いた。
「あぁ……そういうことなら口出しはしねえよ」
ストルゲはまだ考え事をしているらしく、少し上の空な声でそう答えた。予想外に温和な対応に、ボクもドロースも内心驚いてしまう。しかしストルゲは話を続けた。
「でもお前ら、生身の人間の身体じゃ弱っちいだろ。いっそ契約でもしたら魔法使えんじゃね?」
ストルゲの目線はこちらに向けられる。先程とは打って変わって真面目な顔だ。それに少し拍子抜けしてしまったらしいドロースが口を開いた。
「……なんでそんなこと提案してくんの?」
そうするとストルゲは、穏やかに笑みを浮かべた。
「お前ら、俺の可愛い後輩の使い魔なんだろ?だから俺にとっちゃお前らも可愛いんだよ。つまり可愛いお前らのことはできる限り守りたいんだ。契約上多少難しいが、できる限りのことはしようと思ってな」
ボクは少し面食らってしまった。悪魔にもそんな情があるのか。なんだか少し、彼のことを見下していたのが申し訳ないような気すらしてくる。
黙り込んでしまったボクに、ストルゲは椅子を立って歩み寄ってきた。それからボクの頭にぽんと手を置き、髪を撫でた。




