最低だな、この悪魔!
「あーんもう疲れたぁ……すんごくやな夢見ちゃったし気分わっる……あれ?あそこにあるのってアタシの身体?は?どういうこと?」
「うん……?ドロースの、死体……。っあ、ああ!エレオス!ついに……!って、エレオス……寝てるのか?」
「ちょ、ねえ今のなに!?勝手に口が……」
「はっ、ちょっと待って、何だ今の、勝手にボクの口が……まるで、あの悪魔みたいに……」
「そりゃアタシはドロースだし何言ってんのよアンタ。えっ?あれ、えっでも待ってよ。アンタ?いや喋ってんのはアタシ?アタシが勝手に喋って……いやそもそもアタシこんなクソガキみたいな声してない!」
なんだかうるさいせいで目が覚めた。ぼんやりしている視界で何度かまばたきをして、僕は身体を起こして大きく伸びをする。
うるさい方に視線をやると、サロモンが一人で喋っていた。
「オレはサロモンだ!オレの口で勝手に喋ってんじゃねえ黙れ!何言ってんのよアンタ!アタシはドロースに決まってんでしょ!サロモンなんてダッサい名前お断りよ!はぁ、お前馬鹿にしてんのか……!?」
初対面の頃のサロモンと、オネエ趣味に目覚めたサロモンが一人で口論しているように見える。うわあと思って僕は顎に手を当てた。僕はとりあえずマントの内側から鏡を取り出し、彼……彼女と言うべきなのだろうか。とりあえずそれを見せてあげた。
「おはよう、サロモン。やっぱり消化は難しかったみたいだね。でも元気そうで良かったよ」
僕が微笑むと彼は鏡を見つめて目を見開いた。
「ッはぁ!?何よこれ!アタシこんなクソガキ面になっちゃったの!?最悪!やだもうアタシまだ悪夢見てるの!?」
彼というより彼女だったらしい。サロモンの顔をしたドロースが喚き散らしている。
「うるさい!お前が喋ると喉と耳がキイキイして痛いんだ!ていうかそもそも何でオレの体で喋ってるんだよ、出てけ!」
そんな調子で二人は一人で喧嘩している。まさかこんな形になるとは思っていなかったけれど、そこそこ面白いので僕は思わず笑みを漏らした。
「いや、まさか人格が消化しきれないなんてねぇ……」
口元に手をやって僕がそう笑っていると、サロモンは僕を睨みつけた。
「どういうことだ!?説明しなさいよ!!」
あからさまに口調の違う二人が同じ一人の存在として話している様子はとても滑稽だ。二人としてはきっと切羽詰まっているんだろうけど、その必死な様子もなんだか面白い。ぶっと吹き出してしまいそうなのを我慢しながら、あくまで穏やかに微笑みつつ説明した。
「サロモンは僕の可愛い契約者だし、ドロースは僕に可哀想な人間たちとの出会いを与えてくれる。二人共死なせるのは惜しかったんだよ……。瀕死のサロモンのそばに、死んだばっかりのドロースの魂が落ちてたらやることは一つだろう?僕はサロモンにドロースの魂を食わせたってだけ」
微笑んで告げると、サロモンは相変わらず強くない力で僕の胸倉をつかんだ。
「アンタねぇ……アタシの魂をこんなクソガキに食わせたの?随分屈辱的なことしてくれるじゃないの……!ぶっ殺してやる!」
サロモンの腕が上がり、僕の顔殴りかかろうとしてくる。その手は僕の片手だけでいとも簡単に受け止められた。
「残念だけどドロース、君は今は人間だ。悪魔の僕に敵うとは思わない方がいい」
僕がそう言うとサロモンの中のドロースは悔しそうな顔をした。そしてその悔しそうな顔はくるっと変わって怒りに満ちた表情に変わる。初対面の時以来のその表情に内心で久しぶりだねと挨拶をした。
「エレオス……見損なった。悪魔は軽蔑してるが、お前とは仲良くなれるかもしれないと思ってた。でも結局、お前は利己に走ったんだな。最低だよ。パパとママの敵の魂を食わせた?ボクの中に恨むべき敵の人格がある?そんなら死んだほうがマシだった……もういい、お前に一瞬でも期待したボクが馬鹿だったんだよ。一生お前とは顔を合わせない、さよなら」
そう冷たく言って、サロモンは僕に背を向けた。そうしてすたすたと早足で書庫を出ていった。書庫の外から一人で、いや二人で?ぶつぶつと喧嘩するような声が聞こえる。
本当に可愛い子だと思う。全く可哀想で仕方がない。親をドロースに殺され、その親のために僕と契約したのに親に見捨てられ、挙句の果てにドロースに殺されかけて、僕が助けてくれたと思ったら親の仇と一心同体になっている。
とことん救いようのない子だ。これから僕がたっぷり慈悲をかけて、幸せにして、苦しめて、また幸せにしてあげなくちゃ。彼が死ぬその時まで、彼はずっと僕の手元に置いておかなくては。
僕は一度ぱちんと指を鳴らした。その途端に、書庫の外に出たはずのサロモンは僕の前に現れた。
「ドロースは知ってるだろうけど、魂を与えられた者は、魂を与えた者に服従するんだ。残念だけどサロモン、君の身体にドロースの魂を与えて延命したのはこの僕だ。つまり君たちは僕の使い魔……いわば眷属なんだよ。君たちの一存、いや二存かな?まぁともかく、それで絶交はできない。君たちにはずーっと僕のそばにいてもらう」
サロモンは目を丸くした。そしてその肌には冷や汗が滲んだ。
「さ……サイッテー……もう……最悪……」
ドロースらしい口調がそう述べた。サロモンは何も言わない。けれど丸くなったその目はゆっくりと鋭い睥睨の色を帯び、僕を強く睨みつけた。
僕はその睥睨に微笑み返して首を傾ける。
「これからよろしくね。サロモン、ドロース」




