くたばっちまえ、この悪魔!
ドロースの軽い蹴り一つで、サロモンは地面に倒れた。僕ははっとして口を開く。
「ほんっとにバカねぇ、アンタ。自分から護身用の魔法陣を飛び出して、悪魔を封じ込める魔法陣を壊しちゃうんだから!」
彼女はそう言いながら、サロモンの心臓のあたりを狙ってヒールを突きこんだ。そしてそれは、的確に命中した。
「ぐぁっ……!」
骨の間をみしりと貫いて、ぐちゃりと内臓を抉る不快な音がして、サロモンは苦しげな声を上げる。すぐに青ざめ歪んだ顔になった彼は、もはや悪態をつく余裕すらなく浅い息を繰り返した。
「このまませいぜい苦しんで死んだらいいわ。かわいそーなおバカちゃん」
彼女はそう言って軽く鼻を鳴らしてから一度ガツッとサロモンの身体を蹴り、運動をしたあとのように首をひねった。
このままだと逃げられる。それでは契約を果たせない。そもそもサロモンを守れなかったことだってあまりよろしくはない。もちろん彼を守るという契約は交わしていないから契約違反でもなんでもないのだが、彼が死んでしまうのはあまり嬉しくないのだ。
とりあえず必要最低限として、あの女を殺さないと。
そのためにも、この場にあの悪魔を留めておかなくてはいけない。とはいえ魔力は節約したいし……。
「主人の名の下に命じる」
僕はぽつりと呟いた。城の中の空気が揺れる。
「Le malédiction de bastille」
そう口にすると、ドロースは目を丸くした。
「ちょっ……要塞魔法!?アンタ何してんのよ、帰れなくなるじゃないの!」
彼女は何をしているんだとばかりに僕を非難した。何にしても、こうして彼女が帰れないと言っているということは上手く魔法をかけられたということだろう。
要塞魔法。
魔力を持った魔女や魔法使い、怪物たちがそれぞれの家に鍵をかけるのに使う魔法の一種だ。そんな魔法の中でも誰かを閉じ込めたい時に用いられる魔法であって、屋敷の主人が詠唱することで発動する。
僕がこの城の要塞魔法を掛けられるかに関して多少の不安はあったものの、とりあえず彼女を閉じ込めるのには成功したらしい。それに安心して、僕は微笑み返す。
「良かった、上手くできたみたいで……この魔法を使うのは初めてだからさ」
その僕の口ぶりが気に入らなかったらしい、ドロースは不機嫌そうに僕を睨んだ。
「はぁ!?そんなんどうでもいいし!ていうかアタシを閉じ込めるなんてサイッテー!何が慈悲の悪魔よ、この偽善悪魔!ヘラヘラしてんじゃないわよ!」
とりあえず早いところ仕事は済ませてしまわなくてはいけない。僕は彼女のように他人の悲鳴が好きだとか逆十字架の形が好きだとかいう趣味はないし、なるべく簡単にこの仕事も終わらせてしまいたいのだ。
とりあえず心臓を仕留めてしまえばいいだろうか。前に吸血鬼を殺した時にもそれでとどめは刺せたし……よし、そういう方向でいこう。
僕はそう決めてマントからナイフを取り、彼女に向かって踏み込んだ。何やら喚こうとしている彼女に構わず、その心臓めがけてナイフを振り下ろす。
「ほんっとに不躾な奴ね!要塞魔法の挙句にアタシの大事な心臓を奪おうなんて……!」
そんなことを言いながら、彼女は猫か何かのように爪を尖らせた。彼女はお洒落も好きなのだろうか。真っ赤な爪紅がつやつやとして綺麗だ。
「悪いけど、こっちは仕事なんだ。サロモンのことを放置するのも気が引けるし……なるべく早くくたばってくれると助かるよ」
そう告げると、彼女はあからさまに僕の言葉を鼻で笑った。
「そんなのアタシの知ったことじゃないわ、アンタこそ早くくたばってよ。こんな埃臭いところにいたらアタシを待ち望む人たちが可哀想でしょ!」
そう言いながら彼女は僕めがけて爪を振り下ろす。それに合わせて僕は横に逸れて、振り下ろされた彼女の手をめがけて硬い革靴を蹴り上げた。
しかし彼女もなかなかセンスがあるらしく、片脚を蹴り上げた状態の僕に対し、床についている方の脚の脛を狙って蹴りを入れてきた。
バランスを崩したのに合わせて一度宙で回転し、その勢いに任せて一度彼女の顔を両足で蹴ってから距離を取る。
「くっ……!いったぁ……!!」
彼女は僕に蹴られた顔を抑えた。さすがに女の子の顔に傷をつけるのは良くなかったかな。いやでも、それ以前に彼女は悪魔だし、そこまでか弱いわけでもない。まぁ気にしなくてもいいだろうと結論をつけておく。
とりあえず僕は彼女が顔を抑えているのに乗じて、彼女とまた距離を詰める。
思い切りナイフを振り上げ、彼女の心臓に目掛けて振り下ろそうとする。しかし顔を抑えたまま、彼女はまた僕に蹴りを入れようとしてきた。
僕は暇な方の手でその足を引っ掴み、邪魔だからとその腱をナイフで切ってしまった。彼女の口から苦しげな悲鳴が漏れる。
罪悪感がないわけではないので早く決着をつけたい。僕は彼女の腹に蹴りを入れ、後ろに向かって倒れ込んだその体を見下ろして心臓のあたりに足をやった。
「ヒールは履いてないから完璧な再現じゃないけど……サロモンにもこうしてたよね、君」
そう言いながら僕は心臓を押し潰すように彼女を踏みつける。彼女の呻く声がうるさくて眉をひそめたものの、彼女はまだ顔を抑えていない片手で僕の足を掴もうとしてくる。
「うざったいから触らないでほしいな」
僕はしゃがむとその手を掴んで床に押し付け、ナイフを刺して磔にした。
その無様な姿を鼻で笑って、また立ち上がった上で僕は軽く片足を上げてみせる。
「よーく見ておいてね、サロモン。これで契約満了だよ」
そう呟きながら、僕は思い切り彼女の心臓を踏みつけた。




